かつて題名のなかったBLOG

カテゴリ[ ショート・ショート ]の記事 (7件)

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一応、年内で完結まで書くことができました。
なんだか、エライひっぱってしまってすんませんでした。
ひっぱるような内容でもないのにね。

それでは、後編をどうぞ。

前編はこちら
中編はこちら


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

いつもは、私が泉に到着すると
すぐに妖精が奥から出てきて
二人で事前の打ち合わせも兼ねて
ある程度の会話を交わすのだが、
その日は、しばらく待っても妖精が出てこなかった。

計画をいかにして実行しようか、
ここへ来る間中、ずっとドキドキしていた私にとっては
ちょっと肩透かしをくらった気分だった。

白馬の彼と会話をするとき、
妖精は私の頭の後ろに隠れている。
私の髪の毛のスキマから彼の顔を見ていると言っていたが、
彼の言葉や動作を見ることができても、
私が何をしているのかは
大きな動作をしない限りあまり見えないはずだ。
また、彼に夢中になっていれば見ようともしないだろう。

そこで、私は数枚の紙を用意してきた。
今日は会話の最中、気づかれないように
それを体の前で持つ。

その紙には、この奇妙な関係の真実を
全て暴露する内容が書いてある。
そして最後に、この森とは違う場所で
本当の私と二人きりであって欲しいと書いた。

真実を知った彼が、二度とこの森には来なくなって、
私と新しい待ち合わせ場所で会ってくれるようになったら、
自由に彼と話ができるようになったら‥‥。

こんな訳の分からない、おかしな関係には
早くピリオドを打ちたいのだ。

問題は、紙を出すタイミングと、
そのときの動きを妖精に気づかれないようにすること。
私はスカートのポケットに手を入れて、中の紙を確認し、
頭の中でシミュレーションを繰り返していた。

「ごめんなさい、遅くなっちゃった!」
不意に声がして、私は慌ててポケットから手を出した。
妖精は、いつものように嬉しそうに私の方へ飛んできた。
いつもと違うのは、その手に何かを持っていたことだ。

「あ、これ? これを作ってたから遅れちゃったの。
 ちょっと飲んでみてくれる?」
そう言って、小瓶を渡してくる。
「うん? だから何、これは?」
「ほら、この前、彼が言ってたじゃない?
『疲労を回復する魔法薬が欲しいけど、
 味がまずいのが多くて困る』って」
「ああ、確かにそんなこと言ってたね」
「だから、花の蜜をベースに作ってみたの。
 多分大丈夫だと思うけど‥‥人間の舌に合うかどうか
 不安だから、ちょっと飲んでみてよ。ね?」

そんな努力をしても、
どうせ今日で彼に会うのも最後なのに‥‥。
私は、内心そう嘲笑しつつ瓶の中の液体を飲んだ。
「あら、美味しいじゃない。」
「ホント!? よかったぁ〜!!
 じゃあ、彼が来たらこれをプレゼントしてね!
 今度来るときにたくさん作っておいてあげる
 って言って!」
妖精は興奮気味に、私に先ほどと同じ小瓶を
数本押し付けてきた。
「分かった、分かった‥‥。」

そのとき。

ポトリ。
小瓶が手から落ちた。

おっとと‥‥。
そんなにいっぺんに渡してくるから‥‥。

あれ?

手に一本も小瓶が残っていない。

手の中に収まりきらなかった数本だけを
落としたんじゃない。

全部地面に転がっている。

おかしい。

手がしびれて感覚がなくなっている。
指を動かすこともできない。

いや、指だけじゃない。
全身が麻痺したみたいになって‥‥動けない。

どうなって‥‥。

「大丈夫、彼が現れるぐらいまでには
 そのしびれも収まってるから」

妖精の声がした。

まさか、さっきの薬‥‥?
これは‥‥彼に飲ませるんじゃ‥‥。

「悪く思わないでね。
 彼と声だけでお付き合いするのには、
 もう耐えられなくなったんだ。」

妖精が私の顔の目の前に回りこんできた。

「これからは、あなたの体を乗っ取って、
 自由に彼とお話したり、彼にさわったりさせてもらう
 ことにするわ。」

そうか‥‥この契約を‥‥終わりにしたかったのは‥‥
私‥‥だけじゃなく‥‥。

「これでようやく夢が叶う‥‥。
 ありがとう、あなたには感謝してるわ。」

妖精は、私の口を大きくこじあけると、
そこから体の中に入り込んできた。

まもなく、私は自分の意識が他の誰かに
だんだん侵食されていくのを感じた。
体を乗っ取られるというのは、こういう感覚なのか‥‥。

せっかく‥‥彼と自由に話ができると思ったのに‥‥。
イヤ、イヤだ、助けて!
最後に‥‥彼の顔を‥‥見たかっ‥‥た‥‥。


--------------------------------

それから、しばらくして。
白馬に乗った青年が泉にやってきた。
青年が馬から下りると、
嬉しそうに一人の少女が近づいていった。

「こんにちはぁ!」
「やあ‥‥。」

少女は、いつもとは違うハイテンションで
青年に抱きついていった。
一方の青年も、いつもとは違って笑顔がなかった。

「今日はどうしたの?
 めずらしく、ヨロイなんか着こんでいらっしゃって。」

青年は何も言わず、深刻そうな顔で少女を見つめていた。
少女は、青年から少し離れて青年の言葉を待った。

「実は、今日は君に‥‥、
 大事な話があるんだ‥‥。」

少女はドキッとした。
(つ、ついに告白‥‥!?)

「君は‥‥僕のことをどう思う?」

「ど、どうって、
 好きです! 
 その‥‥よろしければ‥‥
 ぜひ私と、お付き合いを‥‥!」

それを聞いて、
青年は、やっと安堵の表情を浮かべた。

「よかった‥‥。
 僕も君のことが好きだ。」

少女は、嬉しさを隠し切れなくなって、
涙を流しながら青年にあらためて抱きついた。
泉のほとりで抱き合う二人。

しばらく抱き合った後、
少女を抱きしめたまま、
青年が静かに、そして重く口を開いた。

「実は‥‥今日、僕の家が没落した‥‥。」
「え!?」

青年はそのまま、ポツリポツリと話し出した。

「親父が、不正な税金の横領を行っていたんだ。
 それが、国にバレた‥‥。
 今日になって家に、軍隊が派遣されてきた。
 親父は逮捕されたよ。
 一家はおとりつぶし‥‥。
 僕らはもう、おしまいなんだ‥‥。」
「そ、そんな‥‥。」
「もう、僕は、
 どうしていいか分からない。
 どうやって暮らしていけばいいか、
 どうやって生きていけばいいか、分からないんだ!」
「そ、それは‥‥。」
「お願いだ!
 僕は、君のことが好きだ!
 だから‥‥僕と一緒に‥‥!」

青年が少女の体をグッと引き寄せ、
さらにきつく抱きしめた。

「そんな‥‥バカな‥‥。」

少女の体はガタガタ震えていた。

「ゴメン! 本当にゴメン!!」

青年は少女を抱いたまま、泉に飛び込んでいった。

泉に大きな水しぶきが立つ。

「せっかく、せっかく自由に動けるようになったのに、
 あなたに触れるようになったのに、
 告白して両想いになれたのに‥‥。
 どうして‥‥こんなことに‥‥イヤ、イヤよ助けて!
 助けて!!」

少女の叫びは水の中でかき消され、
青年と少女は、二度と上がってこなかった。

森は、いままでどおりの静かな場所に戻った。

(終わり)
2006 12/26 06:13:10 | ショート・ショート | Comment(0)
Powerd by バンコム ブログ バニー
ショート・ショートですが、
また結末までは書き切れませんでした。
前・中・後編の3回ということでひとつ。

ちなみに前編はこちらです。
では、中編をどうぞ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「脅かしてしまってごめんなさい。
 私、きのせいです。」

思い切って目を開けると、
そこには、手のひらぐらいの大きさの
背中に羽が生えた女の子が空中に浮かんでいた。


数刻後、
私は、泉のほとりである人がここを訪れるのを待っていた。
私の頭の後ろに隠れている木の精、ドライアードに
どうしてもと頼み込まれたからだ。

彼女の頼みはこうだった。
毎日、決まった時間に馬に水を飲ませにくる青年がいる。
彼女はもう何回かそれを木の陰から見ていて、
どうやら一目惚れをしてしまったらしい。
何とかしてその青年と話をしてみたいと思うのだが、
先ほどの私のように、青年が驚いて
逃げてしまうかもしれない。
そうなったら最悪だ。
彼はもうここには来てくれないだろう。
そこで、私に代わりをして欲しい、と。


もうすぐ来るからと言われて待っていると、
遠くから馬のひづめの音が聞こえてきた。
そして、森の奥から馬に乗った人が現れた。

確かに、かっこいい青年だ。うん。
この妖精が惚れてしまったのも分かる気がする。
それに、何と言うか気品がある。
どこかの王子様と言われてもうなずけるような
高貴な雰囲気を漂わせている。この人は只者じゃない。

しかし、急に後頭部に痛みを感じたので、
私はその青年に声をかけに向かうことにした。
分かったから、髪の毛を引っ張らないで!

「やあ、珍しいな、この森で他の人に出会うなんて。」

青年が先に私に気づいてしまった。
だから髪の毛を引っ張るなって言ったのに!

「あ、こ、こんにちは!」
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまったかな?」
「い、いえそんなことは‥‥痛ッ!」
「勝手にしゃべらないで!」
また後ろのやつに髪の毛を引っ張られた。
全く、もし毛が抜けてたらどうしてくれよう。

「素敵ですね」
「は?」
妖精が小声で変なことを言う。
「だから、『素敵ですね』って彼に言って!」
唐突に‥‥? 会話にならないんじゃないの?
分かったってば、髪の毛痛いって!

「? 何かいるのかい?」
「い、いやぁ、ちょっと虫が‥‥。
それより素敵ですねぇ。」
「え? 何が?」
やっぱり。

「いや、あなたがです。
私、ずっとあなたのことを見てたんです。」
変質者だと思われるじゃん。

「ほ、本当?
全然気が付かなかったな‥‥。
僕は馬を走らせて遊んだときは
必ずここに水を飲ませにくるように
してるんだけど、君は?」
「わ、私は薬草を摘みに来てるんです‥‥。」

その後も、私は頭の後ろにいる妖精が
ささやいてくる言葉を機械的に繰り返した。
青年と私、いや妖精はこうしてしばらくお話をした。

青年はとある諸侯の息子さんで、
お父さんの仕事にくっついてきて、
この森の近くの別荘に滞在しているのだとか。
で、休みの日になると趣味の乗馬を楽しんで、
最後に泉の水を馬に飲ませて帰るんだそうだ。

妖精の言葉は冷静さを欠いていて、
会話として噛み合っているとはとても言い難かったが、
青年は、今の環境では同年代の人間が
周りに誰もいないとのことで、
私と話ができたことをとても喜んでくれていた。

最後に私と青年は、
今後もこの泉で私と時々会って話をすることを約束して
その日は別れた。

妖精は、異常に興奮していた。
小躍りする、という言葉がぴったり当てはまるように、
凄いスピードで空中を駆け回り、
しまいには目を回していた。

私も、髪の毛が痛かったけど、
こんなに喜んでくれるのなら悪い気はしない。

私が帰ろうとすると、妖精はお礼に、
と私に大量の魔法の治療薬をくれた。
私が欲しくても、手に入れられなかったものだ。
その代わりに、また今日のように
自分の代弁役になってほしいと頼まれた。

私は聞いた。
この魔法の治療薬はまだあるのか、と。
すると、材料も製法も知っており、
簡単に作ることができるとのこと。
さすがは妖精。

こうして、私と妖精と青年の思惑は見事に一致した。

その後、私と妖精、そして青年は
何度かこの泉のほとりで楽しい時を過ごした。
妖精は青年と会話を交わすこと、
青年は私と会話を交わすことでそれぞれ心を満たし、
私は妖精からの報酬としてもらう治療薬で満足した。

青年は容姿が端正なだけでなく、
性格もとてもいい人で、頭もよくて、品もよく、
私の村には絶対に存在しないタイプの男性だった。
そして、私の村では知りえないような面白い話を
たくさん聞かせてくれた。

私は、いつしか治療薬という報酬以上に、
彼の話を聞くこと自体が楽しみになっていた。

そして、少しずつ、私だけが満足できなくなっていた。


私はこの好青年と
本当の意味での会話をすることはできない。
私がこの青年の前に立つとき、
必ず例の妖精が私の頭の後ろにくっついている。
そして、私はその木の精がささやいてくるままの言葉を
繰り返さなくてはならない。
私は、このルールを破るわけにはいかない。
それはこの関係の破綻を意味するから。

しかし、私はそれに反し、
この青年の人柄に徐々に魅かれている。
夜寝る前、仕事の合間、
ふとした時に青年の笑顔が頭に浮かぶ。
私がこう言ったら、彼はどんな反応を返すだろう。
時々そんなシミュレーションをしてみたりするが、
実際に行うことはできない。

もどかしい。非常にもどかしいのだ。
手に届く位置に、目の前にあるものが手に入らない。
向こうからは積極的に手を伸ばしてくるのに。
彼は私に好意を持ってくれている。
それは明らかなのに‥‥。


ある日、私はある決意を胸に、
もう何十回と通った森へ向かった。


(続く)
2006 11/30 18:43:14 | ショート・ショート | Comment(0)
Powerd by バンコム ブログ バニー
久々にショートショートを書こうと思ったのですが‥‥
うまくまとまりませんでして。

数エントリに分けて書きます。
そのほうが、更新数を稼げるしね!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

私は時々、近くの森に出かける。
自生している薬草を摘みに行くためだ。
なにせ辺境の村だから、
物も人もごくまれにしか行き来しない。
よって、欲しい物は自分で取りに行くしかない。
本当は城下町で売られているという、
魔法の治療薬が手に入ればいいのだけれど、
そもそもお金がないから、
私には買うことができないだろう。

村の人のなかには、
「外に出ると怪物が襲ってくる」などと
脅かしてくる人もいるが、
それは多分、子供を躾けるための迷信のようなものだろう。
もしかしたら私が女だから、
心配してくれているのかもしれないけれど、
私だってもう17歳になったんだし、
いつまでも子ども扱いするのはやめて欲しいものだ。


森はいつものように静かだった。
鬱蒼と生い茂る木々は、太陽の光をほぼ遮断し、
時間の感覚を狂わせる。
奥へ進んでいくと、程なく小さな泉が現れる。
薬草はそのほとりに生えているのだ。
私は持参したかごがいっぱいになるまで薬草を摘んだ。

泉の水がわずかな木漏れ日を反射してキラキラ輝いていた。
私は、時々そうするように
靴を脱いで泉に足先を浸してみた。
ひんやりして、すごく気持ちいい。
私はそのまましばらく、
何も考えずにぼんやりとしていた。

しかし、ふと、誰かの視線を感じた気がした。

息をのみ、動きを止める。
森はいつものようにしーんとしていた。

「誰かいるんですか?」

視線は森のさらに奥から感じた。
私も、この泉より奥へはさすがに入ったことはない。
辺りを伺いながら薬草の入ったかごを手元に引き寄せる。

「だ、誰かいるなら返事をして下さい!」

返事はなかった。
当然だ。今まで何回もこの森に来ているが、
私以外の人に出会ったことはなかった。
静かに泉から足を抜いて、濡れた足のまま靴を履いた。

ふいに、「怪物」という単語が頭をよぎった。

まさかね‥‥。

「な、なんだ‥‥気のせいかしら?」

立ち上がりながら、強がってそう言ってみせた。
頭によぎった思いを打ち消したかった。
村の人の言う迷信を信じたくなかった。

しかし、そのとき私の思いもよらないことが起こった。

「‥‥そ、そうです。きのせいです。」

返事が返ってきた‥‥。
しかし、言いたいことの意味が分からない‥‥。
私の頭はうまく回らなくなってきた。
とにかく、逃げよう。
返事をしてきたのが、誰かは分からないが、
これは係わり合いにならないほうがいい。
私は相手を刺激しないように
ゆっくりと振り向こうとした。

「あ、待って! 逃げないで!
 私の話を聞いてください!」

そう聞こえると同時に、
私の目の前に何かが飛んできた!

「ヒッ!!」

思わず目を閉じて顔を背けてしまう。
怖い、怖い、怖い!
怖くて目が開けられない。

「脅かしてしまってごめんなさい。
 私、きのせいです。」

思い切って目を開けると、
そこには、手のひらぐらいの大きさの
背中に羽が生えた女の子が空中に浮かんでいた。


(続く)
2006 11/01 15:57:16 | ショート・ショート | Comment(0)
Powerd by バンコム ブログ バニー
ここは、デスカウントショップ。
外見では何の店をしているのか、いや、
店を営んでいるのかどうかすら怪しいと言わざるを得ない
謎の店。
そのため、普段は客など来ようはずもなく、
店主はただただ溜息をつくばかりであった。

「はぁ〜‥‥。
ヒマだなぁ‥‥」

深く息を吐き出すのに合わせて、
栗色のツインテールが小さく揺れた。

外はどんよりとした曇り空。
黒いカーテンで仕切られた部屋には
外からの光は一切入ってこない。
そんな真っ暗な部屋の中、
小さなテーブルに置かれたろうそくの炎の前で
ぽつんとひとり、独り言を言う店主。
暗い。

「前にお客さんが来た日から、もう2ヶ月か‥‥。
しかも、結局お客さんを怒らせちゃって
見料もらえなかったしなぁ‥‥」

店主は着ているのも黒のワンピースなので、
完全に周囲の暗闇と同化している。
非常に暗い。

「‥‥」

店主は今、テーブルに突っ伏しているが、
それが急に大きな声で叫びながら立ち上がったりしたら、
さぞかし恐ろしいことだろう。
このままお化け屋敷として
再オープンした方がよいのではないだろうか。

「‥‥ちょっと!
余計なナレーションを入れないでよね!」

店主は突然叫びながら立ち上がった。
‥‥それは客がいるときにやらないと意味がないのに。

「うるさいよ」

店主は、店の入り口に向かって歩き出した。

「宣伝が足りないだけなのよ、きっと!
汚い看板出してるだけじゃなくって、
こう‥‥ビラ配ったりとか、
店の前で呼び込みやったりとか、
そういうの何ていうんだっけ?
ええと‥‥企業努力?
そういうのが必要なわけよ」

微妙に違うような気もするが、
既に店主はやる気になっているらしい。
勢いよく入り口の引き戸を開け放した。

「キャッ!?」

目の前には若い女性が一人。
突然に、しかも大きな音を立てて戸を開けたので、
たまたま居合わせたこの女性を驚かしてしまったのだろう。
店主は、悲鳴の主と目が合って、
戸を開け放した際の、その姿勢を保ったまま固まっていた。

「‥‥」

しばしの間。

「‥‥あのぉ」

以外にも、沈黙を破ったのは驚かされた方の人間だった。

「あ、わ、ご、ごめんなさい!
私、外に人がいるとは思ってなくって、
それで、あの‥‥」

滑稽なオーバーリアクションを披露しつつ、
真っ赤な顔をして、必死の弁明をする店主。
女性は不思議そうな顔でそれを見つめていたが、
やがて、何かを確かめるかのように、
ゆっくりとこう言った。

「あの‥‥このデスカウントショップって‥‥」
「へ!? あ、は、はいあの、
私はここの店主をやってまして、はい、
で、その看板をですね、ちょっと取り替えようかな〜
と思って外に出たら、あなたがいらっしゃってですね‥‥」
「よかったら‥‥、
私のこと、見てもらえませんか?」
「は、はい!? もちろんよろこんで‥‥???」

 ◇

二人が店から出てきた。
外はまだ曇っていたが、
少しずつ日の光が差し込み始めてきていた。

「見ていただいて、ありがとうございました。
おかげで、ようやく理解できました」
「‥‥ええと、こういうケースは初めてなんで、
何と言っていいか‥‥その‥‥
が、がんばってくださいね!」

それを聞いた女性は、クスっと笑った。

「ありがとう」

そう言い残して、女性は歩き出した。
店主は黙って女性が帰っていくのを見つめていた。

すると、なぜか一歩進むごとに
女性の足が、少しずつ地面から離れていった。
と、同時に女性の体も少しずつ透けていくではないか。
女性は、そのまま振り返ることなく、
まるで階段を上っていくかのように
どんどん天へ吸い込まれていき、
やがて、見えなくなった。

「これじゃあ、見料は取れないよね‥‥」

テーブルの上の水晶玉には、
“-234917”と表示されていた。



-----------

久々のショート・ショートでした。
ちなみに「デスカウント1」はこちらです。
この「デスカウント」シリーズが続く‥‥
かどうかは今のところ未定です。
というか、アイデアの神が降りてくるかどうか次第です。
感想をコメントに書き込んでいただけると、
アイデアの神が降りてきやすくなるかもしれませんw
2006 08/19 16:45:59 | ショート・ショート | Comment(0)
Powerd by バンコム ブログ バニー
「昨日の夜は寝苦しくてですね、
夜中に起きて、風を入れようと窓を開けたんですよ。」
「それで?」
「でね、星空があまりにも綺麗だったんで、
しばらく見とれちゃって。
ほら、僕ってフェミニストですから。」
「それを言うならロマンチストな。それから?」
「しばらく見ていたら、急に、
すごい高速で移動する光が現れたんですよ!」
「ほうほう。」
「これは、ユーフォーだ、
異星人に間違いないと思ったんで、
カメラを持ってきて写真を写そうとしたんです。」
「うん。それで?」
「しかし、僕はカメラを持っていませんでしたので、
親から借りようとしたんですね。」
「カメラぐらいは持っていてもいいと思うがな。それで?」
「でも、夜中だから親は既に寝ていますよね?
起こさないように、ゆっくり静かに行動したために
カメラを入手するのに、すごく時間がかかりまして‥‥。」
「続けて。」
「再び窓の外を見たときは、
既にユーフォーはいなくなっていました。」
「ん? じゃあどうしたんだ?」
「でも、あきらめきれないんで、
しばらくカメラを構えたまま星空を見つめて、
再びユーフォーが現れないかどうか監視していたんです。」
「で?」
「そしたら、いつの間にか疲れて寝てしまって、
気が付いたら朝になっていたというわけです。」
「‥‥なるほど。」
「‥‥どうでしょう。」
「それが、お前の遅刻の言い訳ということだな。」
「はい。」
「だめだ、しばらく廊下に立っていなさい。」
「ひえ〜っ。」

「‥‥いいか、今のは全然理由になっていないぞ!
なぜだか分かる者はいるか?
安部、答えてみろ。」
「はい。地球にはユーフォーは存在しないと
考えられているからです。」
「うん。確かにそうだが、ここでの問題はそこじゃない。
いいか、このように目的地に定められた時間に
到着できなかった場合は、
その理由が、遅れた者の責任外にあることを
説明しなくてはならん。
つまり、さっきの矢口の答え方では、
遅れた者自身が気をつけていれば防げることなので
理由としては成立しないということだ。
このような場合、例えば目的地までの移動手段に何らかの
通常とは異なる事象が発生したと説明するのが一般的だ。
では、その移動手段にどんなものがあったか‥‥。
先週の授業の内容を覚えているか? 辻!」
「はい、ええと‥‥乗用車、バス、電車です。」
「その通り!
これらの移動手段に妨げが出たとして
『道が混んでいた』『電車が混んでいた』
などと言うのが正しいのだ。
いいか、これは入試でもよく出てくる項目だからな、
ちゃんと復習しておくように!」
「はーい。」

「じゃあ、今日は地球人の食事についてだったな。
教科書124ページ‥‥下から6行目だ。
今は一部の研究者しか実際に行くことができないが
徐々に研究は進んでいるから、近い将来、
我々一般人でも地球に行くことができるようになるはずだ。
そのときのために、今のうちから地球人の生態を
正確に理解しておかないといかんぞ!
よし、じゃあ加護、教科書を読んでくれ。
「はい。
『地球人は我々とは異なり、
エネルギー源を外部から吸入することによって、
生命を維持しています‥‥。』」


おわり。
2006 06/16 16:00:00 | ショート・ショート | Comment(0)
Powerd by バンコム ブログ バニー
きょうのおやつは、おせんべい。
まことくんは、大きなおせんべいを
おばあちゃんにもらいました。
それをたべようとしたとき、
いもうとのさくらちゃんが言いました。
「さくらもたべたい!」
まことくんは、おせんべいをはんぶんにわって、
さくらちゃんにあげようとしました。
でも、じょうずにまん中からわれずに、
大きいおせんべいと、小さいおせんべいに
なってしまいました。
まことくんは、りょう手のおせんべいと、
さくらちゃんのかおをかわりばんこに見くらべて、
ちょっとかんがえてから
大きいほうをさくらちゃんにあげました。
「おにいちゃん、ありがとう!」

ふたりはおやつをたべたあと、
こうえんにあそびに行きました。
まことくんは、すなばでトンネルをほって
あそぶことにしました。
スコップをつかってすなをほっていると、
さくらちゃんが言いました。
「さくらもそれやりたい!」
でも、スコップはひとつしかありません。
まことくんは、手にもったスコップと、
さくらちゃんのかおをかわりばんこに見くらべて、
ちょっとかんがえてから
スコップをさくらちゃんにわたして、
じぶんは手でほることにしました。
「おにいちゃん、ありがとう!」

ふたりはおうちにかえって、ごはんをたべました。
たべおわったあと、パパがまことくんに
プレゼントをくれました。
それは、ピカピカのくろいランドセルでした。
まことくんは、もうすぐ小がっこうに
にゅうがくすることになっていたのです。
あたらしいランドセルは、
ことばにできないくらいかっこよくて、
まことくんはうれしくてしかたありません。
さっそくランドセルをしょって、
かがみのまえで右をむいたり左をむいたりしていると、
さくらちゃんが言いました。
「さくらもがっこう行きたい!」
でも、さくらちゃんはまだ4さいなので、
小がっこうには行くことができません。
まことくんは、せなかのランドセルと、
さくらちゃんのかおをかわりばんこに見ましたが、
さくらちゃんに
「さくらはまだだめだよ」
と言いました。
でも、さくらちゃんはなっとくしてくれません。
「やだやだ、さくらもランドセルして
がっこういくの〜〜!!」
さくらちゃんは、いきなり
まことくんのランドセルにとびついて、
ちからまかせにひっぱろうとしました。
まことくんはびっくりして、つい大きなこえで
「やめろよ! これはボクのだぞ!」
と、どなってしまいました。
そのこえの大きさに、さくらちゃんもびっくりしたのか、
「わ〜〜ん!!」
大きなこえでなきだしてしまいました。
つられて、まことくんも
「うえ〜ん・・・」
と、ないてしまいました。
パパとママは、さくらちゃんに
「さくらはもうすこし大きくなったらね」
と言いましたが、さくらちゃんは
「おにいちゃんなんか大きらい!
 ぜったいとりかえてもらうからいいもん!」
と言って、なきながらじぶんのへやに行ってしまいました。
まことくんは、さくらちゃんのかおをみたくなかったので、
その日はママのおふとんでいっしょにねました。

何日かして・・・。
まことくんはこうえんでひとりでおかしをたべていました。
まことくんは、あれからほとんどまいにち
くろいランドセルをしょったまま、すごしています。
そこへ、さくらちゃんがきました。
さくらちゃんは、もじもじしながら
まことくんに言いました。
「・・・ボクもたべたい。」
でも、まことくんは
「だめっ! あげない!」
と言っておかしをさくらちゃんにあげませんでした。
さくらちゃんは目になみだをいっぱいためて言いました。
「ボク、もういやだよ。
 おねがいだからもとのからだにもどしてよ!
 ボクのランドセルもかえしてよ!」
「だめだよ、今はおにいちゃんがさくらで、
 さくらがおにいちゃんになったんだもん。
 このランドセルは、わたしのもの。
 さくらは、もうすこし大きくなってからね!」
2006 05/27 00:46:07 | ショート・ショート | Comment(0)
Powerd by バンコム ブログ バニー
秀樹は、予備校が終わるとテキパキと荷物をまとめ、
自転車置き場へ向かった。
左腕にはめているデジタル表示の腕時計が
「17:32」を示しているのを見て、
「ちょっと寄り道していくか」と独りごちた。

予備校へ通いだして1ヵ月半、
今までいったことのない自宅の反対方向に
ゲーセンがあるという情報を聞いて、
前々から行ってみようと思っていたのだ。

知らない街の知らない道で、
きょろきょろしながら自転車を進ませていると、
前方に「デスカウントショップ」と書かれた看板が見えた。
何となく、その看板の前で自転車を止める。
(何だ? 何の店だ?)
汚い手書きの看板はそれ以上何も情報を語っていなかった。
見上げると、そこは雑貨屋のような佇まいだったが、
とても現役で営業をしているようには見えない
古びた小屋だった。
少なくとも、看板とこの外観だけでは
何を「デスカウント=値引き」している店なのか
さっぱり分からない。
とりあえず道を聞く目的と、ほんの少しの好奇心のため、
秀樹は、その店の引き戸を開けた。

中は、昼間だというのに真っ暗だ。
目が慣れるまで多少時間がかかったが、
注意深く見ても、やはり何かを並べている様子はなく、
店というよりは、ちょっと広めの玄関のように思えた。
(田舎のじいちゃんがやってた自転車屋が
こんな感じだったっけ)
と秀樹は思ったが、自転車屋には自転車が置いてある。
ここはただ暗いだけで何もない。
まさか暗闇を売っているというのでもあるまい。

「いらっしゃいませ〜♪」
「うわああっ!?」

突然、脇から声をかけられ、
秀樹は叫び声を上げて派手にすっ転びそうになった。
「あら、びっくりさせちゃった?
 ごめんね、今電気つけるからさ。」
パチンと音がして、室内が蛍光灯の明かりに照らされた。
明るくなって、室内がはっきり見えたが、
全体に黒いカーテン状の布で、部屋の壁全体が覆われている他、
やはり特に何も売り物は置いていないようだった。

「ごめんなさい、久々のお客さんだから。
 今準備しますね。」
声のした方を見ると、
黒いワンピース姿の若い女が秀樹の顔を見上げていた。
肩のすぐ上ぐらいで外向きに跳ねている
栗色のいわゆるツインテールの髪型もそうだが、
何よりも背の低さから、見た目は
中学生くらいにしか見えなかった。
しかしそうだとすると、耳に光っているピアスは
中学生にしてはまだ早すぎるし、顔立ちも大人びて見えた。
しかも瞳の奥の光に、子供とは思えない妖艶さを感じる。

女はいそいそと、部屋の隅にあった丸いテーブルを
中央近くに運び出したり、足元の箱から
テーブルクロスなどを出したりし始めた。
そして、それをあっけに取られて見ている秀樹と目が合うと
嬉しそうに「にへへ」と笑った。
その幸せそうな笑顔の魔法は、秀樹の心の中に
ピンク色のぼんやりした発光体を出現させ、
警戒心という氷塊が少しずつ溶けはじめた秀樹は、
思わずこう話しかけていた。
「ねぇ、ここは何を売っている店なの?」
「んー、別に物を売っている店じゃないですよぉ。」
「え? だって、外に看板出てるでしょ?」
「だから、あのとおりのお店ですよー‥‥っと。」
女は意味不明なことを言いながら、箱の中から
大きな水晶玉を取り出し、テーブルの上に置いた。
「はいはい、じゃあこの上に手を置いてくださいね。」
思わず、言われるままに手を水晶玉の上に置きながら、
秀樹はさらに質問する。
「まさか、これを売っているの?」
「違いますって。ここは『デスカウントショップ』です。」
女は終始ニコニコと楽しそうにしながら返事をしている。
よほど客が来たのが嬉しいらしい。
「これ、占いか何かか?」
「違いますってば、もう少しですから、
ちょっと静かにして集中させてください。」

せっかく、ここまでうまく魔法をかけていたのに、
この一言が、解除のきっかけになってしまったようだ。
「おい、からかうのもいい加減にしてくれよ。」
少し、強い口調になる秀樹。
「はい? 何がですかぁ?」
TPOさえ間違わなければ癒し形のかわいい言い方だったのに、
不信感の募り始めた秀樹の心には、
かえって不快に聞こえてしまった。
秀樹は水晶玉からさっと手を放しながら語気を荒げた。
「ふざけんなって、俺は単に道を聞こうと思っただけだ!
勝手に変な占いを始めて、金を取ろうとしたって
そうは行かないからな!」
「えっ、あっ、ちょっ、違います! あ、あのっ!
もう終わりましたから!」
慌てる女を振り返ることもなく、秀樹は店の外に出た。
「えっ!? こ、これは!?」
女の驚く声が聞こえてきたが、
秀樹はもう魔法にはかからなかった。
そのまま自転車に乗り込み、
目的地の見えない旅へと戻っていった。
太陽は既に沈みかけていて、夜は間近だった。
「せっかく教えてあげようとしたのに‥‥。」
女は残念そうに、そう呟いた。

 ◇ 

秀樹は、一刻も早くこの嫌な気分を紛らわせたいと思い、
早く目的地にたどり着くために、
ペダルを漕ぐスピードを上げていた。
前方に大通りが見え、
ようやくゲーセンが存在していてもよさそうな雰囲気の
景色が現れたと思った刹那、
脇道から、勢いよくトラックが滑り込んできた。
どんぴしゃのタイミングで、グシャッという音がして
秀樹は空に舞った。
それは、一瞬の出来事だったが、秀樹にとっては
数十秒にも思えた。

 ◇

ドップラー効果で救急車のサイレンが
音色を変えながら遠ざかっていく。
野次馬の輪から少し離れたところに、
黒いワンピース姿の女がいた。
栗色のツインテールが風になびくと、
女は手に持った水晶玉を見ながら深いため息をついた。
水晶球には、デジタル時計のような表示で数字が浮かんでいた。
「まあ、さっきの時点でデスカウント『317』じゃ、
教えてあげてもどうにかなるもんじゃないよね。」
水晶の数字は秒を逆カウントするように
リズミカルに1ずつ減っていく。
5‥‥4‥‥3‥‥2‥‥1‥‥0。
それを見届けると、女はくるっと振り返り事故現場を後にした。
「どなたか、デスカウントを計ってみたい方は
いらっしゃいませんか‥‥?」
2006 05/18 17:33:05 | ショート・ショート | Comment(0)
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