かつて題名のなかったBLOG
ショート・ショートですが、
また結末までは書き切れませんでした。
前・中・後編の3回ということでひとつ。

ちなみに前編はこちらです。
では、中編をどうぞ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「脅かしてしまってごめんなさい。
 私、きのせいです。」

思い切って目を開けると、
そこには、手のひらぐらいの大きさの
背中に羽が生えた女の子が空中に浮かんでいた。


数刻後、
私は、泉のほとりである人がここを訪れるのを待っていた。
私の頭の後ろに隠れている木の精、ドライアードに
どうしてもと頼み込まれたからだ。

彼女の頼みはこうだった。
毎日、決まった時間に馬に水を飲ませにくる青年がいる。
彼女はもう何回かそれを木の陰から見ていて、
どうやら一目惚れをしてしまったらしい。
何とかしてその青年と話をしてみたいと思うのだが、
先ほどの私のように、青年が驚いて
逃げてしまうかもしれない。
そうなったら最悪だ。
彼はもうここには来てくれないだろう。
そこで、私に代わりをして欲しい、と。


もうすぐ来るからと言われて待っていると、
遠くから馬のひづめの音が聞こえてきた。
そして、森の奥から馬に乗った人が現れた。

確かに、かっこいい青年だ。うん。
この妖精が惚れてしまったのも分かる気がする。
それに、何と言うか気品がある。
どこかの王子様と言われてもうなずけるような
高貴な雰囲気を漂わせている。この人は只者じゃない。

しかし、急に後頭部に痛みを感じたので、
私はその青年に声をかけに向かうことにした。
分かったから、髪の毛を引っ張らないで!

「やあ、珍しいな、この森で他の人に出会うなんて。」

青年が先に私に気づいてしまった。
だから髪の毛を引っ張るなって言ったのに!

「あ、こ、こんにちは!」
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまったかな?」
「い、いえそんなことは‥‥痛ッ!」
「勝手にしゃべらないで!」
また後ろのやつに髪の毛を引っ張られた。
全く、もし毛が抜けてたらどうしてくれよう。

「素敵ですね」
「は?」
妖精が小声で変なことを言う。
「だから、『素敵ですね』って彼に言って!」
唐突に‥‥? 会話にならないんじゃないの?
分かったってば、髪の毛痛いって!

「? 何かいるのかい?」
「い、いやぁ、ちょっと虫が‥‥。
それより素敵ですねぇ。」
「え? 何が?」
やっぱり。

「いや、あなたがです。
私、ずっとあなたのことを見てたんです。」
変質者だと思われるじゃん。

「ほ、本当?
全然気が付かなかったな‥‥。
僕は馬を走らせて遊んだときは
必ずここに水を飲ませにくるように
してるんだけど、君は?」
「わ、私は薬草を摘みに来てるんです‥‥。」

その後も、私は頭の後ろにいる妖精が
ささやいてくる言葉を機械的に繰り返した。
青年と私、いや妖精はこうしてしばらくお話をした。

青年はとある諸侯の息子さんで、
お父さんの仕事にくっついてきて、
この森の近くの別荘に滞在しているのだとか。
で、休みの日になると趣味の乗馬を楽しんで、
最後に泉の水を馬に飲ませて帰るんだそうだ。

妖精の言葉は冷静さを欠いていて、
会話として噛み合っているとはとても言い難かったが、
青年は、今の環境では同年代の人間が
周りに誰もいないとのことで、
私と話ができたことをとても喜んでくれていた。

最後に私と青年は、
今後もこの泉で私と時々会って話をすることを約束して
その日は別れた。

妖精は、異常に興奮していた。
小躍りする、という言葉がぴったり当てはまるように、
凄いスピードで空中を駆け回り、
しまいには目を回していた。

私も、髪の毛が痛かったけど、
こんなに喜んでくれるのなら悪い気はしない。

私が帰ろうとすると、妖精はお礼に、
と私に大量の魔法の治療薬をくれた。
私が欲しくても、手に入れられなかったものだ。
その代わりに、また今日のように
自分の代弁役になってほしいと頼まれた。

私は聞いた。
この魔法の治療薬はまだあるのか、と。
すると、材料も製法も知っており、
簡単に作ることができるとのこと。
さすがは妖精。

こうして、私と妖精と青年の思惑は見事に一致した。

その後、私と妖精、そして青年は
何度かこの泉のほとりで楽しい時を過ごした。
妖精は青年と会話を交わすこと、
青年は私と会話を交わすことでそれぞれ心を満たし、
私は妖精からの報酬としてもらう治療薬で満足した。

青年は容姿が端正なだけでなく、
性格もとてもいい人で、頭もよくて、品もよく、
私の村には絶対に存在しないタイプの男性だった。
そして、私の村では知りえないような面白い話を
たくさん聞かせてくれた。

私は、いつしか治療薬という報酬以上に、
彼の話を聞くこと自体が楽しみになっていた。

そして、少しずつ、私だけが満足できなくなっていた。


私はこの好青年と
本当の意味での会話をすることはできない。
私がこの青年の前に立つとき、
必ず例の妖精が私の頭の後ろにくっついている。
そして、私はその木の精がささやいてくるままの言葉を
繰り返さなくてはならない。
私は、このルールを破るわけにはいかない。
それはこの関係の破綻を意味するから。

しかし、私はそれに反し、
この青年の人柄に徐々に魅かれている。
夜寝る前、仕事の合間、
ふとした時に青年の笑顔が頭に浮かぶ。
私がこう言ったら、彼はどんな反応を返すだろう。
時々そんなシミュレーションをしてみたりするが、
実際に行うことはできない。

もどかしい。非常にもどかしいのだ。
手に届く位置に、目の前にあるものが手に入らない。
向こうからは積極的に手を伸ばしてくるのに。
彼は私に好意を持ってくれている。
それは明らかなのに‥‥。


ある日、私はある決意を胸に、
もう何十回と通った森へ向かった。


(続く)
2006 11/30 18:43:14 | ショート・ショート | Comment(0)
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