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初めて会ったのに、他人じゃないような気がしたって事はないだろうか?。 それが思い過ごしであることも多いが、そうでないこともあったりする。
文男は30にもなるのに、女の子と付き合ったこともないチェリーボーイだった。 男には見栄をはり強がるのだが、異性に対してはからっきしダメだった。 文男は高校卒業後、建築会社に就職した。 建設業界は取引先や先輩、会社の慰安会など酒を飲まねばならない事も多い。 会社の慰安会や花見など女子社員もいるのだが、酒が入っても全くと言っていいぐらい話せない。 先輩に誘われ合コンにも参加したこともあったのだが、配膳係に終始した。 文男が普通に話せる女性は母親といつも来るヤクルト販売のおばちゃんだけだった。
「あ!10時だ。ヤクルトおばちゃんが来る」文男は同僚の竹田に言った。 「130円かしといてよ、あとで返すから」と後輩に頼んだ。
ブルルン。3輪バイクに乗ったヤクルトおばちゃんが来たみたいだ。 「お世話になりま〜す。」と入ってきたのはいつものおばちゃんではなかった。 年の頃なら20位?もっと若く見えるが。独身でもヤクルトレディは出来るのかな?(出来ます) とにかくマズイと思った。 「谷口さんはどれがいいですか?」とこの世のものとは思えない可愛い声で聞いてくる。 「えっ?何で名前を?」 「ジャンバーに名前が刺繍してますよ。」と天使の笑顔で答えた。 「じゃあ、ジョアもらえる?」 「有り難うございます。はい、どうぞ」 しずくを拭いて渡してくれた手は白く小さい。 真っ赤になりながら受けとる文男。 しかし不思議だった。文男にはこの子は何を言っても拒絶しないであろう不思議な自信があった。 昔から知っている子のような…。 文男は思い切って聞いた。 「いつものおばちゃんはどうしたんですか?」(敬語だぞ) 「亡くなりました」予想も出来ない衝撃的な答だった。 他人では唯一話を出来る女性だった為、事の真相を確かめたかった。 無口な文男が若い子と話している、それは奇跡的でもあった。 急な脳梗塞で家族が気がついた時はすでに手遅れだったらしい。それで、この会社の担当がこの娘に引き継がれたらしい。
時間にして10分、いや5分位だったかも知れない。 文男はある予感があった。この子を逃したら一生女の子と付き合うことは出来ないかも知れない。
それから文男の涙ぐましい求愛活動が開始された。 まず、何があろうと彼女が来るまで社を出ることはなかった。あっても戻ってきた。 時間があれば彼女の環境を調べた。家族構成、職場環境、自宅の場所、男がいるのかどうか? だが決して彼女の嫌がるやり方はしなかった。こっそりひっそり時間をかけ誰も気づかないように動いた。
彼女の名前は前田優子、年齢は24歳、母親は10年前に病気で死亡、父親との二人暮らしだ。 父親はサラリーマン。本人は普通の会社の事務員でもしたかったのだが、昨今の就職難と失業保険も失効したため取り敢えずセールスをしている。 持ち前の可愛さと元気、愛想の良さで順調に評価を得ているようだ。
一方、優子の方も朴訥な文男に何故か魅力を感じていた。優子も何かこの人は他人に思えない気がしていた。 となれば話は早かった。ドン臭い文男に対し、優子の誘いは間が良かった。 二人っきりで食事やデートにとまるで文男は優子の書いたシナリオにのせられているようであった。 会えば会うほど二人は運命を感じていた。 「私達は絶対、前世でも夫婦だったに違いないわ。」 「俺もそうだと思う。君以外の女が目に入らないんだ。」
幸福の絶頂だった。肉体関係はなかったがそれが逆に運命を決められている二人だから許せるのだと思っていた。
意を決し、文男は優子の父親に挨拶に行った。 暖かく迎えられ祝福された。何も問題がなかった。
次は文男の親に紹介する番だ。事前に女の子を連れてくる旨を両親に伝えてある。 母親はご馳走の準備に大忙し、父親も大喜びで隠していた日本酒を取り出し備えた。 許しが出るのはほぼ確定していたはずなのだが。
文男は居間でかしこまる父母に優子を紹介した。 親父の芳雄はどこかで見た顔だなと思った。どこだっけ?。 「優子さん、お家はどこかしら?」母が聞いた。 「産まれた時からずっと紺屋町です。」 紺屋町の前田?芳雄はハッ!!!とした。 「お母さんは亡くなったらしいけど お名前は?」変な質問をする芳雄?? 「トシエです。」 芳雄は黙りこんでしまった。 「知っているの?」文男が聞く。 「いや、知らないよ」 それから和気藹々とした食事会になったのだが、芳雄は急用が入ったと出て行った。
家を出てきた芳雄は「困った事になっちまった」とつぶやいた。 紺屋町の前田トシエ、間違いない。おまけに一人娘だ。 20数年前、芳雄はトシエと懇ろになった。 相手の旦那や自分の女房にもバレてはいない。 おまけにトシエは秘密を墓まで持って行ったようだ。 子供が出来たのは知っていた、子供の出来なかったトシエは産むことを決心した。 その後、会うことはなかったのだが。 優子はトシエにそっくりである。 困った事に文男と優子は腹違いの兄妹ということになる。 何とかしなければ。
トシエが墓まで持って行ってくれた真実を俺は隠し通さねばならない。と芳雄は決意した。 というより女房にバレてはマズイ、子供たちに今更お前たちは兄妹だから諦めて平和に暮らそうよ、なんてことは言えるはずもない。
次の夜、ニコニコしながら芳雄は文男のアパートにやって来た。 元々、文男は自宅から通っていたんだが残業とか帰りが遅いため会社近くに部屋を借りていたのだ。 たまに母親が合鍵で入って料理を置いておいていてくれることもある。
芳雄が来るのは珍しい。なぜかキョロキョロと何かをチェックしている。 …優子が来た形跡はないな。とホッとした。
「今日はお前と親子の親睦を深めようと思い来た。」取ってつけたような怪しい言い分である。 ということで二人は夜の街に繰り出した。 奥手な文男に比べ、元来遊び人の芳雄であった。軽い足取りで雑居ビルに滑りこんでいった。 行った先は若い娘が10人以上もいるスナックパブであった。
20代〜30代の女の子だろうか、どこの店でも見るようなホステスさん達であるが、化粧を落とせば普通の女の子なのかもしれない。 芳雄はユリアという娘を指名した。派手で文男が最も苦手なタイプの娘だった。
実はこの女、芳雄と出来ていた、というより一度関係を持っただけだが。 芳雄は酒のそれほど飲めない文男にしこたま酒を飲ませた。 夜10時前に店に入ったもののすでに夜12時になろうとしていた、文男はカウンターに顔を埋め、ダウンしていた。 芳雄はユリアを呼び、ヒソヒソと何やら話し始めた。そして何枚かの一万円札を渡した。 毎晩、ユリアは12時で上がる。それに合わせ先に店を出た。 酔っ払った文男を支えて。 かすかに意識のあった文男をアパートまで送り、茶でも飲ませろと上がり込んだ。 勝手に飲むからお前は寝ろと文男を寝せ、寝入るのを待って玄関を開けたまま外へ出た。 外にはユリアが待機していた。 「後は頼んだぞ。」と芳雄は声をかけ去った。 「ラジャー!。」ユリアは部屋に入っていった。
床上手なユリアのことだ上手くやってくれるだろう。芳雄は呟いた。 何と芳雄はユリアに頼んで童貞の文男を誘惑させようとしたのである。 文男が優子に夢中になる原因の一つは女を知らないことだと思ったわけだ。 それでもダメなら2,3度関係を持たせた所に優子を呼び、現場に踏み込ませ、破局させる計画もあった。 フフフッと笑いを浮かべた。芳雄はクズであった。
しかし、計画は失敗する。 布団に潜り込んできたユリアに気付き文男は逃げ出したのだ。 そのまま、ユリアが帰るまで外で潜んでいた。
その後も芳雄は近所の年頃の女の見合い話を集めては文男に薦めた。 それは異常なまでにしつこい勧誘だった。 だが文男は首を縦には振らなかった。
そしてある日、芳雄は自宅に文男を呼んだ。女房が同窓会で留守をする時に合わせて。 文男がやってきたのは暗くなり始めた夜の7時くらいだった。 玄関を入ってくる文男の背後から芳雄は近づいていた。手に角材を持って。 後ろから殴りつけた、ボコッ!!文男は失神してしまった。 死んではいないよな…。と確認した芳雄は文男を真っ裸にし、逃げないように布団で簀巻きにした。 簀巻きにした文男を車に詰め込み、紺屋町まで走らせた。 簀巻きにした文男を優子の家の前に棄て、それを見た優子に幻滅させようと思ったわけだ。
只、優子の家の前の路地は車では入れない場所にあった。 歩いても10m位なので簀巻きにした文男を担いで運ぼうとした。その時である。 車を停めたすぐ横にパトカーが止まった。 芳雄はゲッ!と思った。 「ご主人、何をされているんですか?」職務質問をされている。 まさか、息子を簀巻きにして人の家の前に棄てようとしているとは言えない。 「ちょっと息子が具合が悪くて運んでいるんです。」と答えたが明らかに無理があった。 簀巻きにされた文男と共に芳雄は連行された。
意識を戻した文男が芳雄は父親である事と自分が具合が悪くて運んでいたと答えたため二人は解放された。
最近の父親の奇行に文男もおかしいと思い始めていた。そこで母親に相談してみる。 芳雄は女房に呼び出しを受け詰問された。 芳雄は答えようがなく黙秘した。
ある日、芳雄は消えた。 家の貯金全部を引き出し、書き置きを残して。 書き置きには、優子と文男に血の繋がりがあるということ、自分は罪滅ぼしに遠くに行きますと言うものだった。
母親と文男は衝撃的な内容に唖然とし、間違いなく芳雄は逃げたと確信した。
芳雄はフイリピンにいた。貯金も全部持って来た、しばらくここで優雅に暮らそうと思っていた。 1ヶ月位しただろうか、近くのレストランで働くミナという娘と仲良くなっていた。 お金持ちの芳雄は意外ともてたのだが、この娘だけははじめてあった気がしなかった。 運命的なものを感じていた。ミナも好いてくれたようだった。 ミナから実家で飯を食わないかという誘いがあった。この国では金持ちに親戚中が群がるという話はよく聞くが可愛いミナからの誘いだった。 家に着くとミナとミナの太ったのママが迎えてくれた。 何故かママは日本語が堪能だった。どうやら若い頃ダンサー(本人はタレントというが)で日本に来たらしい。 キクチ、ミヤザキ、シブシとか行ったらしい。キクチ?芳雄の父は熊本に単身赴任していた事があった。 キクチって菊池?という話からだんだんミナのママの表情が曇っていった。
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