2010年 03月 21日 の記事 (1件)


 いくつぐらいだったのだろうか。
 雨は既にふりはじめていたのに、
 きっと、不器用に梯子を伝って、屋根の上にのぼり、
 シャボン玉をとばしていた。
 吹き出されたシャボン玉が、いきよいよくとび、雨と風に
 桾(ふし)染されてゆく。

  オキナワの民家は大抵が平屋だった。
  下では、私の名前を呼んで探している。
  いつものことだと、なぜ諦めないのか。
  抛っておいてくれればよかったのだ。

    こうちゃ〜〜ん!!こうちゃ〜〜〜〜ん!!!

  返事なんかしてやるものか。
  恐いものなんてなかった。
  暴風も、豪雨も、ともだち。
  雷様は、親友だった。
  からだがいくら濡れたって、気にならなかった。
  濡れた瓦はよく滑る。それがどうした。
  滑って落ちたら、それまでのことだ。
  落ちる不安にさらされながら、危ないことする奴はいない。
  落ちる不安なんて全然ないから、あぶないことができるんだ。

  ガジュマルの樹が咆哮してる。
  この樹には、死人の魂が集うという。
  闇夜の午前零時、魂が妖しく蔓や木肌を赤錆色、
  ほのかにまぶくという。
  見たことはない。
  でも、抱きつくと、冷たい。

  「おまえは、ひとりじゃないんだね?おともだち、たくさんいるんでしょ?ぼくは、いつもひとりさ。こうしておまえに抱きついていたって、ひとりなのさ。つまらないよね。だから、おまえのともだちに逢わせてよ。おねがいだから、逢わせてよ。なかには、ちいさな子供だっているんでしょ?」

  約束通り、おまえの好きなシャボン玉とばしているよ。
  さぁ、おまえも、約束守ってよ。
  おまえのおともだち、逢わせてよ。

  私は、独り言をよくする子供だった。
  咎められることもあったが、
  どうしていけないことなのか、理解できなかった。
  言葉は、相手がいて使うものだって理屈が、
  どうしても飲み込めなかった。
  言葉は、自分のものじゃないの?
  自分のものを、自分がどう使ったって、構わないんじゃないの?
  僕は、僕だけのための言葉しかもっていない。

  瓦がかたかた鳴り出した。
  私を空へ舞いあげようと突風が大地から立ち上がって来る。
  横殴りの雨に、眼を開けていられないけれども、
  私は、ガジュマルをずっと見ていた。
  蔓が風に巻き上げられ、
  封じ込められるように雨に包まれて、
  ちぎれて、はじかれる。

  痛いかい?痛いよね?おひげはおまえの心のヒダだよね?心が千切れてゆくって、どんな感じ?それは、とっても寂しいの?それはとっても、やるせないの?教えてよ。僕のこの胸の痛みと、おんなじかい?

  雨雲の真ん中に雷雲が拡がった。
  ぴりぴり、怒ってるみたいに、じぐざぐの光が点滅してる。

  雷さん、落ちてくる?落ちてくるなら、僕に向かっておいで!おまえの光で、僕を焼け尽くしてよ!!

  光の枝がどこかに落ちた。
  つづいて、音がとどろく。
  変な感じだ。
  音って、どんくさい。

  もうひとつ、落ちた。
  綺麗な光の枝条、
  見知らぬ電磁の世界の王様さ。
  あらゆる音が、かしずく。

  だんだん近づいてくる。

  いよいよ、僕だね?僕に落ちてくれるんだね?もう、天使は要らないよ。扶けてくれなくったっていいよ。がんがんしびれて燃えるって、どんなんだろう。胸は高鳴り、血と肉は踊り、心はいちじるしく放電する。

  だけど、落ちたのは、
  僕の大好きなガジュマル君だった。
  激しい閃光で眼が一瞬眩んで、べきべき、避ける音、
  そして音と同時に、真っ赤な焔が翔んだ。

  その時だよ、ガジュマル君は約束を守った。
  べきべき音をたてながら、折れたその裂け口から、
  数千もの丸い光るビー玉が空に舞い上がってゆく。

  おともだちだよね?君たち、どこへゆくの?空へ帰るのかい?ねぇ、こんにちは、僕は、こうちゃんっていうんだ。知ってる?僕も、おねがいだから、連れていってよ!!

  つれないね。一緒にはいけないんだね。じゃ、君たちに花を贈るよ。石鹸の泡だけど、シャボン玉っていうんだ、綺麗なんだよ、虹色にかっこいい円を描いて、ふわふわさまようんだ。ほら、こうだよ。ほら、たくさん飛んでるだろう?嬉しいのかい?あ、嬉しいんだね?だって、あんなにくるくる回ってる。

  さよなら、死人たち、さよなら、大好きだったガジュマル君。さよなら、さよなら、さよなら!!

  

    しばらくのち、
    救い出された私は、叱られることもなく、
    翌日、違う家に向かって旅立つ。

  今度は、どんな人がパパとママになるんだろう。
2010 03/21 11:58:03 | none
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