2010年 01月 の記事 (5件)

ジッタさんが歩いています。
薄紫色の汚れたビニール袋を弓手に提げて、
意義を喪失したかのように、
虚し気に歩いていきます。
よく観察すると、
腕と脚が不揃いです。
痙攣と電気ショックを交互に受けたような、
不調和を彷彿してしまいます。
小刻みに揺れる横顔はまるで、
花王のマークです。
下顎が極端にしゃしゃり出て、
間違いなく下唇は上唇より2センチは前に飛び出しています。
45歳でなんとまだ独身。
なんでも女だらけの家庭で育ったそうです。
それにしては身だしなみがお世辞にも清潔とは言えない。
作業服は薄汚れ、
髪など梳いたことないのでしょう、
てっぺんが禿げて、
両の鬢から真上に伸びた強い髪は、
白髪もなくまるでバットマンのように屹立しています。
恋、
したことあるのでしょうか。
恋されたことが、
あるのでしょうか。
ないかもしれません。
ハナオカ、ジッタさん。
日本語の会話が苦手なのは
極度の人間嫌いの所為なのでしょうか。
コミュニケーションが不得意な人は社会において、
孤立しがちです。
孤立に対する焦燥感や絶望感を見据える、
自意識の発達がなければ、
精神病の一症状を呈するに至るでしょう。
そんな雰囲気が漂います。
なにせ、会話が成立しない。
これお願いします、
「ああ〜」
ここにもありますよ、
「うあ〜」
慣れましたか?
「はあ〜」
腰が砕けそうな見事な返答です。
快いほど無駄がない。
簡潔な対話ほどすきま風が気になるものはありませんね。
あ、メロンパンやんか、
右のポッケに覗く物を指摘したとき、
「ふふふ〜」
なんともいえぬ人懐こい笑顔を浮かべて、
見苦しく照れていました。
孤高の者に羞恥は似合わない。
だけども、ひどく人間臭い笑顔をもっていたのは、
新しい発見でした。
親しく慣れる可能性が高まるのです。
12時10分からの昼休み。
社員達はいそいそ社員食堂へ向かいます。
ジッタさんは、仕事が遅く、
いつも12時半くらいに小走りで食堂へ向かいました。
でも、
偉い人がもっと早く食堂へ行くように注意しろと、
ジッタさんの上司を叱ったそうです。
12時半以降は役員クラスの食事時間というのが、
暗黙の了解事項だそうで、
ジッタさんを、汚い、
それだけの理由で食堂から排除したいのでしょう。
同じ人間、どこが違うのでしょうか。
役職は、会社の序列であって、
社会における序列ではありません。
社会における序列など存在しません。
人間はみな、同じです。
綺麗でも、穢くても、
同じです。
偉さは、相対的に判断されるものではなく、
もっと人の根源に由来するものであるはずです。
しかし、ひとびとは、
外観や来歴で判別するという、
勘違いを改めません。
会社での序列が社会での序列であるかのように振るまい、
その愚かさにけっして省みることをしようとはしません。
それを横暴と呼ぶのですが、
横暴が出所によってはまかり通る、
それが会社組織という歪んだ世界の実態であることは、
嘆かわしいことですよね。
厳格なる序列を強いる企業は安定しますが発展しません。
序列を問わない会社は発展する可能性を濃厚にもちますが安定はしません。
昨今の不況の中、
これまでの経営理念が通用しなくなってきたのは周知の通り。
安定しながら伸びる会社にはひとつの大事なシステムが必需です。
それは部下の諌言に上司は素直に耳を傾ける、という姿勢です。
ですが、人における友情関係に等しく、
諌言を毀損と受け取る素直さをなくした方々ばかりが、
この世にはたくさんいらっしゃるようで、
素直に聴く耳をもつものは滅多にいません。
よく少年の心をいつまでも持ち続けているひとだ、
という表現を聞きますが、
あれは大概嘘勘違いも甚だしい嘘で、
比喩とも呼べぬ下劣な表現です。
何故ならば、少年の心であれば、
諌言をきちんと受け止めようとする素直さをもつからです。
悪口としかとれないような頑なな心に「若さ」があるわけがない。
ですから、食堂の一件も珍しくともなんともない、
普通の出来事としてひとはとらえ、
忘れてゆきます。
いつまでも其処に遺されるのは、
侮蔑された者の怨みだけです。
世の中はどれくらい怨念に充ちているのでしょうねぇ。
叱咤されたジッタさんは、食堂へ行かなくなりました。
工場裏にあるポプラ並木の下にしつらえられたベンチに腰掛け、
ぼろぼろ屑をこぼしながら、
大好きなメロンパンを
雀たちに囲まれて頬張っているのでしょう。
ジッタさんの上司は仕事中の事故で右腕を付け根から失いました。
あと数カ月で停年です。
わたしの唯一の話し相手です。
140センチほどの小さな身体で40年以上、
働いてきたのです。
ひとの春秋はどうしてこんなにも過酷で、
哀しいのでしょうね、
胸が詰まってしまうことがよくあります。
もうすぐジッタさんが上司の後を継ぎます。
その日までわたしはそこにいないでしょうが、
ジッタさんは45歳、
あと15年、
同じ日々を過ごすことでしょう。
右のポッケにメロンパンをしのばせて、
毎日、薄紫のビニール袋を提げて、
よたよた仕事してゆくでしょう。
春秋は或る者にとっては、
彷徨です。
ジッタさんは、結婚しないのでしょうか。
彼女ができたことがあるのでしょうか。
人を羨ましいと感じたことがあるのでしょうか。
現在の自分に足りないものを欲するとき、
人は変身を決意しなければなりません。
変身、とは、
何かを得るための代償だとも言えます。
代償ですから、
痛みや、恥に対峙しなければいけません。
それを面倒くさがっていては、
変身することは無理です。
変身したくなく、何も欲さず、
何も得ようとはしない春秋、
それは、
それで潔く、見事な生き方だと思えてなりません。

2010 01/31 15:04:52 | none
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  昔のこと。
 ある国の王様が、
 千里の馬を手に入れようとしていました。
 千里の馬とは、
 一日に千里(約400km)走れる、
 名馬中の名馬のことです。
 王様は金に糸目をつけず、
 八方手を尽くして探し求めました。
 ですが、三年探し求めても手に入れられません。
 半ば諦めかけていたあるとき、
 宮殿内の清掃をしていた卑しい身分の者が、
 王様に進言しました。
 「どうか私にその役目をお命じください、
 必ず千里の馬を探し求めてまいります」
 卑賎な者には似つかわしくない、
 あまりにも自信ありげな風韻を感じた王様は、
 その者に千金をもたせて名馬探しの任務を授けました。
 三月ののち、
 卑賎の者は千里の馬を見つけました。
 ですが、その名馬は既に死んでいたのです。
 「死んでいようが名馬に変わりはない、
 その首を私に売ってくれ」
 なんと卑賎の者は五百金という大金を投じて、
 死んだ千里の馬の首を買い取り帰国しました。
 復命したその者はもちろん王様の逆鱗に触れました。
 「欲しいのは生きている馬だ、どうして死んだ馬を
 五百金もだして買い取ったのだ!」
 罵倒されてもその者はひるまず、
 「王様は千里の馬であれば死んでいても五百金で
 お買いになったのです、
 生きた馬ではいったいいくらで買うのだ?
 と世間では必ず取り沙汰されます。
 そののち王様は
 馬の値打ちが判る君主だと噂されるに至るでしょう。
 まもなく千里の馬を売りに来る者があらわれるでしょう」
 こう平然と応えました。
 果たして、
 1年もたたぬうちに千里の馬が三頭もやってきたのです。

 さてさて、
 こうして卑賎の者は、
 一躍宰相に抜擢され、
 改革に辣腕をふるい
 王様は「覇者」と讃えられたのだとさ。 

 
 
2010 01/23 23:28:42 | none
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 たとえば或る者が飲もうとして
 ひとつのコップを手につかむように
 そしてあとでそれを授かった者が
 片隅に置き
 なんでもないもののようにして
 それを保管するように
 おそらくは運命もまた
 ときおりひとりの女を
 口にあてて飲んだのだ
 それからひとつのささやかな人生が
 彼女をこわすことを恐れて 
 もう使わずに
 そのいろいろな貴重品がしまってある
 小心な硝子戸棚のなかに彼女を置いたのだ
 こうして彼女はそこによそよそしく
 借り物のように立ち
 無造作に老いこんで
 盲目となり
 やがて貴重品でもなければ
 珍奇なものでもなくなっていた

 それが世に謂う恋愛であり結婚である。
 
 しかしそれは
 あるときを境に
 むずけながら
 きらめいたり
 暗くなったりする
 夕暮れともなれば
 それは一切となり
 あらゆる星が
 その中から立ち昇り
 胸の奥に仄かな蝋燭の炎をともす。

           ライナー・マリア・リルケ


     *ちょっとだけ改訳しました。
2010 01/17 22:08:03 | none
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拝啓 ミスターヰ

そっちはどうですか?
メロンパン食べてくれましたか?
このあいだ
メドキを集めて
易をたててみました。
あなたの転生の日を
知っておかなければならないからです。
卦は、
吉でしたよ。
拝啓
ミスターヰ
私ももう54になりました。
あと何年春秋がつづけられるか
せめて死の時には
あなたのように
立たぬ足腰で
這いずってでも
たどり着きたい其処をめざしたい。
そう希んでやみません。
新年です、
2010年。
櫻が咲き誇る頃、
あなたの眠るあの池のほとりに
黄色い鞠と
雛菊一輪
それと
2004年の12月
毎日聴いたこの唄を
供えに行きましょう。
そちらで
思う存分
聴き
嗅ぎ
噛みつき
転がし
追いかけ
歪めて
破を堪能してください。
それまで
しずかに
お眠りください。

      なにもかも
      ぼくは
      なくしたの
      生きてることが
      つらくてならぬ
      もしもぼくが
      死んだら
      ともだちに
      卑怯なやつと
      笑われるだろう
      笑われるだろう

      いまのぼくは
      なにを
      したらいいの
      こたえておくれよ
      別れたひとよ
      これでみんな
      いいんだ
      悲しみも
      きみと見た夢も
      おわったことさ
      おわったことさ

      愛した君も
      いまごろは
      ぼくのことを
      忘れて
      しあわせだろう
      おやすみを
      云わず
      眠ろうか
      やさしく匂う
      櫻の下で
      櫻の下で

       なかにし礼「さくらの唄」

2010 01/10 14:25:25 | none
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ジャンクランド

  どっち行く?
  どっち行こう?

ガラクタだけど
こころをこめて
昔のように
ぼくと暮らそう

ガラクタだけど
こころをこめて
みどりの丘で
ふたりで暮らそう

ガラクタだけど
こころをこめて
昔にみたものを
そう、
ジャンクランドで

ガラクタたちと
かぎりなく青い
大空
そう、
ジャンクランドで

 そう、
 ジャンクランドで

 ガラクタだけど
 昔みた
 あの古い水道橋の下で
 けんかしたいよ

 せつなさをこめて
 きみに贈ったあの花は
 まだ、
 枯れていないかい?
 まだ、
 幽かに彩りをうしなわずに

 ガラクタだけど、
 ぼくはまだ生きて
 きみのかえりを待っている
 こんなにすりきれて
 ほころびだらけで
 しぼんでしまった
 あのときの
 気持ちをいまもなくさずに
 きみのかえりを待っている
 あの
 みどりの丘の
 ガラクタだらけの
 ジャンクランドで
 斜に構えて
 煙草をくゆらし
 ためいきまじりの紫煙にのせて
 きみにささげる
 ジャンクランド
2010 01/02 23:01:21 | none
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