思索に耽る苦行の軌跡

――くくくぁぁぁきききぃぃぃんんん――。





 それは彼の脳が勝手にでっち上げた代物かもしれぬが、その時、時空間の《ざわめき》は例へばそんな風に彼には音ならざる《ざわめき》として聞こえてしまふのであった。そんな時彼は





――ふっふっ……。





と何時も自嘲しながら自身に対して薄ら笑ひを浮かべてはその彼特有であらう時空間の音ならざる《ざわめき》をやり過ごすのであったが、しかし、さうは言っても彼には彼方此方で時空間が《悲鳴》を上げてゐるとしか感じられないのもまた事実であった。それは彼にとっては時空間が《場》としてすら《己》を強ひられることへの《悲鳴》としてしか感じられなかったのである。それ故か彼にとっては《己》は全肯定するか全否定するかのどちらかでしかなく、しかし、彼方此方で時空間が《悲鳴》を上げてゐるとしか感じられない彼にとっては当然、全肯定するには未だ達観する域には達する筈もなく、只管(ひたすら)《己》を全否定する事ばかりへと邁進せざるを得ないのであった。





…………





…………





――へっ、己が嫌ひか? 





――ふっふっ、直截的にそれを俺に聞くか……。まあ良い。多分、俺は俺を好いてゐるが故にこの己が大嫌ひに相違ない……。





――へっ、その言ひ種さ、お前の煮え切らないのは。





――ふっふっ、どうぞご勝手に。しかし、さう言ふお前はお前が嫌ひか? 





――はっはっはっはっはっ、嫌ひに決まってらうが、この馬鹿者が! 





――……しかし……この《己》にすら嫌はれる《己》とは一体何なのだらうか? 





――《己》を《己》としてしか思念出来ぬ哀しい存在物さ。





――それにはこの音ならざる《悲鳴》を上げてゐる時空間も当然含まれるね? 





――勿論だぜ。





――きぃきぃきぃぃぃぃぃんんんんん――。





と、その時、突然時空間の音ならざる《悲鳴》がHowling(ハウリング)を起こしたかのやうに彼の鼓膜を劈(つんざ)き、彼の聴覚機能が一瞬麻痺した如くに時空間の《断末魔》にも似た音ならざる大轟音が彼の周囲を蔽ったのであった……。





――今の聞いただらう? 





――ああ。





――何処かで因果律が成立してゐた時空間が《特異点》の未知なる世界へと壊滅し変化(へんげ)した音ならざる時空間の《断末魔》に俺には思へたが、お前はどう聞こえた?





――へっ、《断末魔》だと? はっはっはっ。俺には《己》が《己》を呑み込んで平然としてゐるその《己》が《げっぷ》をしたやうに聞こえたがね――。





――時空間の《げっぷ》? 





――否、《己》のだ! 





――へっ、だって時空間もまた時空間の事を《己》と《意識》してゐる筈だらう? つまりそれは《時空間》が《時空間》を呑み込んで平然として出た《時空間》の《げっぷ》の事じゃないのか? 





――さう受け取りたかったならばさう受け取ればいいさ。どうぞご勝手に、へっ。





――……ところで《己》が《己》を呑み込むとはどう言ふ事だね? 





――その言葉そのままの通りだよ。此の世で《己》を《己》と自覚した《もの》は何としても《己》を呑み込まなければならぬ宿命にある――。





――仮令《己》が《己》を呑み込むとしてもだ、その《己》を呑み込んだ《己》は、それでも《己》としての統一体を保てるのかね? 





――へっ、無理さ! 





――無理? それじゃあ《己》を呑み込んだ《己》はどうなるのだ? 





――……《己》は……《己》に呪はれ……絶えずその苦痛に呻吟する外ない《己》であり続ける責苦を味はひ尽くすのさ。





――へっ、《己》とは地獄の綽名なのか? 





――さうだ――。





(二 終はり)





2008 12/20 04:16:30 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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