思索に耽る苦行の軌跡

――《存在》そのものが、そもそも矛盾してゐるぢゃないか! 





――だから《存在》は特異点を暗示して已まないのさ。





――へっ、矛盾=特異点? それは余りにも安易過ぎやしないかね? 





――特異点を見出してしまった時点で、既に、特異点は此の世に《存在》し、その特異点の面(おもて)として《存在》が《存在》してゐるとすると? 





――逆に尋ねるが、さうすると、無と無限の境は何処にある? 





――これまた、逆に尋ねるが、それが詰まるところ主体の頭蓋内の闇たる五蘊場に明滅する表象にすら為り切れぬ泡沫の夢達だとすると? 





――ぶはっ。





――をかしければ嗤ふがいいさ。しかし、《存在》は、既に、ちぇっ、「先験的」に矛盾した《存在》を問ふてしまふ《存在》でしかないといふTautology(トートロジー)を含有してゐる以上、《存在》は《存在》することで既に特異点を暗示しちまふのさ。





――さうすると、かう考へて良いのかね? つまり、《存在》は無と無限の裂け目を跨ぎ果(おほ)せると? 





――現にお前は《存在》してゐるだらう? 





――くきぃぃぃぃぃぃんんんんん――。





と、再び彼は耳を劈く不快な《ざわめき》に包囲されるのであった。





…………





…………





――しかし、《存在》は己の《存在》に露程にも確信が持てぬときてる。その証左がこの不愉快極まりない《ざわめき》さ。





――ふっふっふっ。《存在》が己の《存在》に確信が持てぬのは当然と言へば当然だらう。何せ《存在》は無と無限の裂け目を跨ぎ果す特異点の仮初の面なんだから。





――やはり、《存在》は仮初かね? 





――仮初でなけりゃ、何《もの》も《吾》である事に我慢が出来ぬではないか! 《存在》は《存在》において、《一》=《一》を見事に成し遂げ、此の世ならざる得も言はれぬ恍惚の境地に達するとでも幽かな幽かな幽かな幻想でも抱いてゐたのかね? 





――それぢゃ、お前がげっぷと言ふこの不愉快極まりない《ざわめき》は何なのかね? この《ざわめき》こそ《存在》が《存在》しちまふ事の苦悶の叫び声ではないのかね? 





――仮にさうだとしてお前に何が出来る? 





――やはり、苦悶の叫び声なんだな……。





――さう。《存在》するにはそれなりの覚悟が必要なのさ。だが、今もって何《もの》も《吾》が《吾》である事に充足した《存在》として、此の全宇宙史を通じて《存在》なる《もの》が出現した事はない故に、へっ、《吾》が《吾》でしかあり得ぬ地獄での阿鼻叫喚が《ざわめき》となって此の世に満ちるのさ。しかし、その《吾》といふ名の地獄での阿鼻叫喚は苦悶の末の阿鼻叫喚であった事はこれまで一度もあったためしがなく、つまり、地獄の阿鼻叫喚と呼ぶ《もの》の正体は、《吾》が《吾》である事に耽溺した末の《吾》に溺れ行く時の阿鼻叫喚、つまり、性交時の女の喘ぎ声にも似た恍惚の歓声に違ひないのさ。





――歓声? 





――さう。喜びに満ちた《存在》の歓声さ。





――ちぇっ、これはまた異な事を言ふ。この不愉快極まりない《ざわめき》が喜びに満ちた歓声だと? 





――性交時の女の喘ぎ声にも似た《吾》が《吾》の快楽に溺れた歓声だから、へっ、尚更、《吾》はこの《ざわめき》が堪(たま)らないのさ。惚れた女の恍惚の顔と喘ぎ声は、男を興奮させるが、しかし、その興奮は、また、気色悪さで吐き気を催す感覚と紙一重の違ひでしかなく、つまり、酩酊するのも度が過ぎれば嘔吐を催すといふ事に等しく、女と交合してゐる男は、さて、どれ程恍惚の中に耽溺してゐる《存在》か、否、交合においてのみ死すべき宿命の《存在》たる《吾》といふ名の《地獄》が極楽浄土となって拓ける――のか? 





――つまり、約(つづ)めて言へば、この《ざわめき》は恍惚に満ちた《他》の《ざわめき》だと? 





――さうさ。





――すると、《吾》にとって《他》の恍惚が不愉快極まりないのは、《吾》が《吾》に耽溺するその気色悪さ故にその因があると? 





――当然だらう。特異点では別に《一》=《一》が成り立たうが、成り立たなからうが、どうでもよい事だからな。





――へっ、そりゃさうだらう。だが、《一》の《もの》として仮初にも《存在》せざるを得ぬ《吾》なるあらゆる《もの》は、此の世で《一》=《一》となる確率が限りなく零に近いにも拘はらず、《吾》は現世において《吾》=《吾》を欣求せずにはいられぬ故に、ちぇっ、《吾》は《吾》に我慢がならず、その挙句に《吾》は《吾》を忌み嫌ふ結果を招くのではないか? 





(九 終はり)







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2009 11/28 05:49:02 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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