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十六夜の月明かりに誘はれて何処に行くとも決めずにふらふらと歩いてゐると、どうやら川辺に来てしまったやうだ。其処に蹲ると周囲に鬱蒼と繁茂してゐる葦原のお蔭で都会の街明かりが全て遮られ全くの十六夜があったのである。光るものといへば川面に映る十六夜の月明かりのみであった。その月明かりを傍らに立ってゐる柳の高木の葉々が時折ふわりと横切る風情は何とも言ひがたいほどの美しさだであった。
――ぴちゃっ。
何処かで魚が跳ねたやうだ。うらうらと魚の跳ねた後に残された波紋がゆっくりと広がり川面の月明かりをゆったりと揺らす。
――さわさわ……。
微風が葦原をそっと揺らす。
何やら夢現の世界に迷い込んだやうだ。私以外のものが発する時空のカルマン渦に唯我身を任せてゐることの心地よさは名状し難い。現在に保留された私はこの世界にたゆたふのみである。
――ぴちゃ。
魚が発した波紋が静寂の波紋と重なってこの世全てにゆっくりとゆっくりと広がって行く様が脳裡全体に広がって行く。我もまた波体となって脳裡に納められた全宇宙に波紋となって広がって行くのであった。
――我がこの世に溶け行く心地よさよ……
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