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あの身を刺すやうな垂直線が無数に林立する大都会の風景に慣れることは一生無いだらうと腹を括ったつもりでゐたが、いざ大都会の町並みを目の前にすると垂直線の恐怖で身が竦んでゐる自身に苦笑するしかない。
それにしても何故高い住居費を出してまであんな高層階にのかその棲む人の気が知れない。高層ビルはアインシュタインの特殊相対性理論から一種の過去へTime SlipするTime-Machineであることを知って皆あんな高層に棲んでゐるのだらうか。
主体の現在が皮膚の表面といふことと一緒で地球自体の現在は地肌が剥き出しになった地表である。その地表に高層ビルを建てればそれだけ地球の自転による回転速度が地表より増し、特殊相対性理論から高層ビルを流れる時間の流れは地表より極々僅かでしかないがゆっくりと進むのである。高層ビル群に棲んでその時間がゆっくりと進む感覚が感知できない現代人は感覚がとっくに麻痺して感覚器官が退化してゐるといふことで、既に人間では無いのかも知れないのである。これは由々しき問題で多分地表と高層との時間の進み方の違いを感覚的に感知した人間はその理由が解らず深い悲しみと苦悩の中に追い込まれ遂には自殺すると考へられなくもないのである。感覚が敏感な人間は都会に馴染めずあの身を刺す垂直線の地獄から逃れるために「過去」である高層ビルの屋上から「現在」である地面に一気に飛び込んで飛び降り自殺――自殺はまた地獄行きである。何故なら生きていくのが辛い現世の意識と感覚が未来永劫「私」であるといふ地獄に行くのである。そこは正に「嫌だ、嫌だ」といふ呻き声ばかりする阿鼻叫喚の世界である――をして死んでしまひ、時間の感覚に鈍感な「人間」の子孫ばかりが生き残るといふこと、つまり今は人間が退化して「何物」かへと変はる過渡期なのかもしれないが、それが「進化」といふならそんな「進化」は御免蒙るしかないのである。故に高層ビルに棲める都会人は最早退化した人間でしかなく、そんな得体の知れない「人間」とはなるべくなら関わりたくないといふのが本音である。
それとは逆に地下は地表より地球の回転速度が遅いので特殊相対性理論上、「未来」へのTime-Machineとも言へる。だから地下は目的なければ近寄らないほうがよいのである。目的無き未来にぽつんと置かれれば猜疑心や不安等に襲われ一分たりともそこには居たくない筈である。さうでなければ自身を退化した、人間ならざる何物かといふことを自覚して感覚を研ぎ澄ます訓練をしなければ「人間」は絶滅する。
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矢張り都会に来たのがいけなかったのだ。こんな「人間」ならざる魑魅魍魎が跋扈する不気味な世界からはさっさと退散するに限る。
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