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*******つまり、君には酷な話になるが、つまり、君は既に、つまり、独りで立ち上って、つまり、何かを《決心》してゐるから、つまり、直截的に言ふよ。つまり、特に人間だが、つまり、君は、つまり、一つの卵子が作られる、つまり、過程は知ってゐるね ?
――ええ、多くの卵細胞から卵子に成れるのはたった一つ。後は卵胞閉鎖で自ら死滅して行くのよ。それを今ではApoptosis(アポトーシス)と名付けて生物学者は何か新発見をしたかのやうにしたり顔で馬鹿みたいに《歓喜》してゐるわ。
*******つまり、君は、何故卵子は一つなのか、つまり、君の考えを、つまり、聞かせてくれないか。
――えっ ! 何故 ? そんな事これまで考えもしなかったわ。御免なさい。私、それが《自然》で当然のことだとしか思ってゐなかったわ。何か理由でもあるの ?
*******つまり、これは私の独断だが、つまり、遺伝子には《諦念》或いは《断念》といふ情報が組み込まれてゐる、つまり、私はそれを《断念遺伝子》と勝手に名付けてゐるが、つまり、生き物は《断念》、これは詩人の、つまり、石原吉郎に影響されたんだが、つまり、生物は《断念》を、つまり、《宿命》付けられてゐる。つまり、《断念》無しに、つまり、此の世の《秩序》は在りっこ無いんだ。
――《断念》……ね。うふ、一つの卵子には無数の死滅した卵子成れざるの卵子達の《怨念》が負わされてゐるのかしら ?
*******へへ。つまり、僕の独断で言へば、つまり、負ってゐる。つまり、自ら死滅した卵子達の、つまり、死の大海に、つまり、たった一つの卵子が浮かぶ。つまり、そのたった一つの卵子は、つまり、死滅した無数の卵子達の《怨念》を、つまり、負はなければならない《宿命》なのさ。
――すると、ねえ、……
*******精子だね。さう、つまり、受精はたった一つの卵子とたった一つの精子のみしか出来ない、つまり、受精はそもそも、つまり、無数の《死》をその存在の前提で背負わされてゐる。つまり、無数に女性の、つまり、膣内に放出された、つまり、精子達は女性の体内で《死滅》して行く。つまり、僕や君が、つまり、此の世に存在する前提に、つまり、既に無数の《死》が、つまり、厳然と存在してゐる。
――さう……ね。……ちょっと待って。ねえ、何故人間は全ての卵子と全ての……精子……を受精させないの。受精以前に自ら《断念》して死滅する必然なんて何処にも無いわ。
*******さうだね。つまり、其処なんだよ、此の世に《秩序》がある《理由》が。つまり、人間もまた、つまり、魚類や昆虫等々と、つまり、一緒に、つまり、他の生物の《餌》になる前提で、つまり、無数の受精卵が、つまり、胎内に、つまり、《断念》せず存在してても良い筈なんだ。しかしだ、つまり、現実はさうは成ってゐない。つまり、DNAはどの生物も、つまり、その組成物質のたんぱく質は、つまり、《同じ》にも拘はらず、ある生物は、つまり、他の生物の《餌》となるために、つまり、《死滅》せず無数の受精卵が存在し、つまり、また、ある生物は《餌》とならないために、つまり、特に人間は、つまり、無数の《死》の大海に、つまり、たった一つの受精卵を存在させる。へへ、つまり、此の世の《秩序》は、つまり、《不合理》だね。
――それって《神》の気紛れかしら。ええっと、Credo……何だったかしら ?
*******Credo,quia absurdum。つまり、《不合理故に吾信ず》。
――それそれ。ねえ、《秩序》は《不合理》の異名なの ?
(以降に続く)
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