|
私の幼少時に他界した父方の祖母の思ひ出と言へば紬(つむぎ)の機織である。繭を重曹を加へた湯に浸したところから始める糸つむぎ、そして絣(かすり)くくりされ職人によって丹精に染められた糸をゐざり機で一心不乱に織る祖母の姿が私の瞼に鮮明に焼き付いてゐる。
糸つむぎ――祖母の糸をつむぐ手は『魔法の手』であった――は、盥一杯の繭から作られた真綿の山に『渦』を作り細く捻った『螺旋』状の『四次元』の細い糸を人力で作る作業である。この作業は女性に限られてゐた。女性の唾液が糸つむぎには一番であったのである。
そして機織である。経糸(〈たていと〉英語で言へば話題のwarp)は上糸640本、下糸640本の計1280本の『四次元』の糸を整経し緯糸(よこいと)を杼(ひ)を使って一本一本ゐざり機を足で自在に操り紬を織って行く。これまた祖母は『魔法使い』であった……。
…………
…………
さて、機織は『宇宙創成』の御業である。更に言へば日本の和服、それも特に女性の絹織物全ては世界でも屈指の『宇宙創成』の結果生まれた傑作品である。それは何故かと言へば『螺旋』状の『四次元』の何本もの糸で織り上げられた着物はそれ自体『X次元』の『宇宙』で、そして着物には『柄』として『森羅万象』が織り上げられ、または染め上げられてをり、光をここでBulk(物理学での高次元空間全体のこと)を自由に動けるBulk粒子と見立てれば最先端の理論物理学が言ふ宇宙論が着物にぴたりと当て嵌まってしまふのである。
和服を見事に着こなした女性が都会の雑踏の中に一人現はれただけでそこの雰囲気は一変する……。
衣紋掛けに掛けられた『開いた宇宙』の状態の着物はそれはそれで美しいのであるが、『主』、つまり、『宇宙の主』のゐない着物は詰まる処『もの』でしかないが、『宇宙の主』がその着物を纏って『閉ぢた宇宙』の状態になると着物を着た女性が存在するだけで世界は一変するのである。そして、着物を着た女性は『美の女神』に変貌するのである。
少なくとも『宇宙』は着物の数だけ『宇宙内』に存在する。つまり、『宇宙』はUniverseではなくMultiverse(物理学での宇宙の中に互いに相互作用するか、するとしても極度に弱くしか相互作用しない別々の領域があるとする、今のところ仮説上の宇宙)である。
即ち、最先端の宇宙論は多神教の世界観といふことである。
|