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袖触れ合ふも他生の縁。私は相変はらず伏目で歩いてゐたが、私の右手首を軽く握った雪が私を握った左手で私の歩行の進行を見事に操るので、私は内心
――阿吽の呼吸
等と思ひながら密かに愉悦を感じざるを得なかったのである。そして、私と雪が相並んで睦まじさうにゆったりと二人の時間を味はひながら歩く姿を、私達の傍らを通り過ぎる人達が興味津々の好奇の目を向けてゐる、その多少悪意の籠もった視線の数々を感じながら、私は、この私達の傍らを好奇の目を向けて通り過ぎる彼らもまた他生の何処かで会ってゐる筈だと内心で哄笑しながら
――さて、彼等の他生の縁(えにし)は人としてなのだらうか
等と揶揄してみては更に内心で哄笑するのであった。
それはまさしくゆったりとした歩行であった。
不意に雪を一瞥すると雪は例の純真無垢な微笑を返すのである。雪もまたこのゆったりとした歩行に何かしらの愉悦を感じてゐたのは間違ひない。
男女が二人相並んで歩くといふ行為は考へると不思議極まりない、ある種奇蹟の出来事のやうな錯覚に陥る。偶然にも同時代に生を享け、偶然にも互ひに出会へる場所に居合はせ、互ひに何かしら惹かれあふものをお互ひに感じ、そして、互ひに見えない絆を確信し相並んで歩く……、これは互ひに出会ふして出会ってしまった運命といふ必然の為せる業なのかもしれない……。
私は雪に微笑みかけ、雪もそれに答へて微笑み返す……。人の縁(えにし)とは誠に不思議である。
そして、ゆったりとした歩行は続くのであった。
と不意に私と他生の縁を持った人間がこの瞬間に此の世を去ったのであらう、私の視界の周縁に光雲が出現し、左目は時計回りで、右目は反時計回りでその光雲が旋回し始めたのであった。そのまま雪を見ると
――……また誰か亡くなったのね……。あなたの目、何となく渦模様が浮かんでゐる気がするの……不思議ねえ……何となくあなたの異変が解ってしまふの。
私は軽く頷くと都会の人工の灯りが漏れ出て明るい夜空に目を向け
――諸行無常
といふ言葉を胸奥に飲み込むのであった。すると、雪が
――諸行無常。
と溜息混じりにぽつりと呟いたのである。私が振り返ると雪は何とも名状し難い悲哀の籠もった不思議な微笑を私に返したのであった。
(以降に続く)
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