瞼裡に仄かに輝き浮かぶ瞑目した全く面識のない赤の他人の彼の人は、ゆるりと瞼裡全体が渦を巻き始めたときに口元が仄かに微笑んだやうに見えたのはもしかすると私の気の所為かもしれぬが、しかし、それを見た刹那彼の人は地獄ではなく極楽への道を許されたのだと思った。
――それにしてもこの瞼裡の光景は私の脳が勝手に私に見せる幻視なのか……。
と、そんな疑問も浮かぶには浮かんだが
――へっ、幻視でも何でもいいじゃないか。
と更に私の意識は瞼裡の影の虚空に引き込まれて行くのであった。さう、私もまた、瞼裡の渦にそれとは知らずに巻き込まれてゐたのであった。
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ〜〜
それにしても中有は彼の人以外ゐないところから徹底的に孤独でなければならぬ場らしい。瞑目した彼の人は、さて、この孤独の中で何を思ふのか。既に死の直前には自身の人生全体が走馬灯の如く思ひ出された筈である。
――そもさん。
――説破。
と、彼の人は自己の内部に、否、魂の内部に沈潜しながらその大いなる《死》の揺籃に揺られながら既に《物体》と化した自己を離れ《存在自体》若しくはカント曰く《物自体》と化して自問自答する底知れぬ黙考の黙考の黙考の深い闇の中に蹲りながら《存在》といふ得体の知れぬ何かを引っ掴んで物珍しげにまじまじと眺め味はひ、そして、その感触を魂全体で堪能してゐるのであらうか……。
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ〜〜
その証拠が瞼裡の影の闇の虚空に仄暗く浮かび上がる彼の人の顔貌の輪郭なのではないか……と思ひながら私はまた煙草を
――ふう〜う。
と、喫むのであった。すると、私は何やら名状し難い懊悩のやうな感覚に包まれたかと思ふと源氏物語の世界の魂が憧(あくが)れ出るが如くに私の自意識の一部が凄まじい苦痛と共に千切れるやうに瞼裡の闇の虚空に憧れ出たのである。私もまた其の刹那
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ〜〜
と、呻き声に成らぬ声を私の内部で発したが、しかし、それは言ふなれば私といふ《眼球体》――それはフランスの象徴主義の画家、オディロン・ルドンの作品「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」(1882年)のやうなものであった筈である――がその闇の虚空へと飛翔を始めた不思議な不思議な感覚であった。何もかもがその闇の虚空では自在であったのだ。私の思ふが儘、その《眼球体》と化した私は自在に虚空内を飛び回れるのである。それはそれは摩訶不思議な感覚であった。
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ〜〜
《眼球体》と化した私は瞑目して深い深い黙考の黙考の黙考の中に沈潜してしまった彼の人にぴたりと寄り添ひ今更ながらまじまじと彼の人の顔貌を凝視したのであった……。
(以降に続く)