マラルメ詩集(【岩波文庫】鈴木信太郎訳)「エロディヤード」より
おお 鏡よ、
倦怠により その縁の中に氷れる冷かなる水、
幾たびか、またいく時か、数々の夢に悶えて、
底知れぬ鏡の淵の氷の下に沈みたる
木の葉にも似し わが思出を 探し覚(もと)めて、
汝の中に杳かなる影のごとくに われは現れぬ。
しかも、恐し、夕されば、その厳しき泉の中に
乱れ散るわが夢の裸の姿を われは織りぬ。
(一部旧字を当用漢字に変換)
影に一旦魅せられると最早其処から去れぬなり。何故か。それは将に影即ち《物自体》の影を映す鏡也故。
吾、今宵もまた闇の中に埋まりし吾部屋で和蝋燭を点しける。Paraffin(パラフィン)で出来し西洋蝋燭は炎が殆ど揺らがぬ故に味気なし。脈動する陰翳の異形の世界に浸るには之和蝋燭に限るのみなり。
――ゆあゆあ……ぽっぽっ……ゆあゆあ……
と点りける和蝋燭がこの吾部屋の心臓なりし。和蝋燭の炎の強弱絶妙なりし。和蝋燭の炎が弱まりそれ故一瞬の闇に包まれし吾部屋の静寂、ぱっと和蝋燭の炎が強まりしと同時に物皆その面を此の世に現はしきらりと輝きし。其の様、何とも名状し難き趣あり。
――吾、此処ぞ。
――吾も此処ぞ。
――吾もまた此処ぞ。
と物皆、己の存在を無言で表白するなり。さはあれ、然りしも、物皆の陰翳、ここぞとばかりに深き闇に変貌するなりしが、其の闇に溺れし異形の物達もまた無言の煩悶する呻き声を彼方此方で発するなり。
――無限の物の相貌が和蝋燭で生じし陰翳の深き闇の泉の中に生滅しては
――吾、何ぞや。
と哀しき哀しき無言の嘆きに満たされし吾部屋の中、独り、吾もまた
――吾、そもそも何ぞや。
と深き懊悩の中に沈みける。
唯唯、明滅する和蝋燭の揺らげき炎を凝視する中、吾の頭蓋内の深き深き闇に異形の吾が無数に生滅するなり。
――これも吾。あれも吾……。
と、思ひながら、吾、不意に吾暗き頭蓋内に独り残され、怯え顫へる侏儒の哀れなる吾を見つけし。その侏儒の吾が不意に此方を振り向きし時のその面、醜悪なる美といふか、紊乱し醜と美と煩悩とが渾然となりし無様な異形の吾の面に魅入られし吾に対する不快、これ名状し難きなり。
――自同律の不快……。
其の刹那、吾、不敵な嗤ひを浮かべ、侏儒の吾に向け罵詈雑言の嵐を浴びせし。
――ふっふっふっ。
と侏儒の吾も不敵な嗤ひを浮かべ吾を侮蔑するなり……。
吾部屋では独り、和蝋燭のみ恬然と点り続けし……。
――ふっふっふっ。
――ふっふっふっ。
…………
…………