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2008年
9月15日(月) ピンク・フロイドのリチャード・ライトが癌で亡くなった。 ピンク・フロイドに特別な思い入れはないけれど、 ロジャー抜きの復活フロイドは好きだったから、さみしいな〜と思った。
リチャード・ライトはピンク・フロイドのキーボード担当で、 僕は、1987〜88年の復活ツアーのライブ盤で聴ける、 あの浮遊感のあるファンタジックなサウンドが心地良くて好きだった。 このライブはLDも買ったけど、そこで見られる彼は、 もの静かなイギリス人の紳士といった佇まいで、 キーボードを演奏したりコーラスしたりする姿が派手派手しくなくて、 かといって黙々と自分の世界に浸ってる・・・という感じでもなく、 穏やかなあたたかさが伝わってくるものだった。 それがすごく好印象だった。
ピンク・フロイドにおいては、サウンド面で重要な存在でありながら、 70年代後半、ロジャーが次第に何もかも仕切っていくようになって、 『ザ・ウォール』(1979)制作中、彼の独断でバンドを解雇されてしまった。 1987年にピンク・フロイドが再始動したとき、そのロジャーは不参加。 リチャードも最初は懸念していて、「お手伝い」ならいいよ、ということで 「スペシャル・ゲスト」扱いでバンドに関わっていった。 しかし、3人で一緒にやってるうちに安心感と楽しさがあったのか、 そのあと、メンバーとして正式にピンク・フロイドに復帰した。 1994年のワールドツアーを最後に、バンドは活動を終了。 その後、2000年代に入って、デヴィッドが自分のソロ活動を始めると、 アルバムやライブには、リチャードも参加しており、 ファンの多くがそこに2人の変わらぬ友情を感じていたことと思う。
そういう経緯があったので、バンド内でつらい思いをしたこの人が 亡くなってしまったのは、「ええぇぇぇ〜それは悲しいよ!」と思った。 こういう人はね、幸せにならないといけないよ。 病気だったことも知らなかったから、さみしい気持ちになった。
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