聖教新聞「きょうの発心」から
 行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る(兄弟抄、一〇八七ページ・編六八八ページ)
 *通解
 仏法を持ち、修行と理解が進んできた時には、三障四魔が紛然として競い起こる。
1996年1月31日付
 昭和三十五年、山口県出身の私は、大きな夢と希望に胸ふくらませて倉敷に就職しました。しかし、慣れない環境、仕事、人間関係に行き詰まり、体調を崩してしまいました。
 そんな時、職場の同僚に誘われ、初めて学会の座談会に参加したのです。そして、宗教が人生の幸・不幸を左右することを教わるとともに、また学会員の明るい笑顔、生き生きとした姿に、私も信心して幸せになろうと入会しました。
 さっそく、速達でこの喜びを郷里の両親に伝えたところ、両親が郷里から飛んできて信心に大反対。親戚、会社の上司からも反対されるという、思ってもみない大変な状況になりました。
 しかし、私が実際に見た学会の世界は、両親や親戚が感情的に批判するのとは、全く違ったものでした。それだけに、先輩から教えられたこの言葉が実感でき、必ず信心を貫き、幸せになって両親を安心させようと心を決めました。
 職場の上司からは「信心をやめるか、仕事をやめるか」と言われたこともあります。私は「信心も仕事もやめません」と言い切り、仕事にも、学会活動にも一生懸命に励みました。
 職場で信頼の実証を重ねた結果、後輩の教育を担当する立場に就きました。また、両親も信心に理解を示すようになりました。以来、今日まで常にこの言葉を胸に、信心に励んできました。
 これからも、障魔が競い起きた時こそ、“いよいよ信心成長のチャンス”と受け止め、更なる勝利の前進を目指してまいります。(西岡山<県>婦人部長)
2006 01/31 12:03:02 | きょうの発心
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