聖教新聞「きょうの発心」から
 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる(妙一尼御前御消息、一二五三ページ・編七一五ページ)
 *通解
 法華経を信ずる人は冬のようなものである。冬は必ず春となる。
1996年1月29日付
 昭和三十六年、いとこの紹介で入会した夫とともに、私も信心を始めました。初めて題目を唱えた時、何か胸に迫るものを感じ、「この信心は本物かもしれない。とにかく信じてやってみよう」との思いでスタートしました。
 それまでの私は、宿命に泣く人生でした。前の夫とは死別。再婚した夫も健康にすぐれず、職も安定しない日々が続いていました。しかし、この信心に巡りあってから、まず夫が健康になり、市役所の職員として仕事も安定。続いて私も、県体育館の管理者の話があり、これが初信の功徳だと実感しました。
 私の転機は、昭和四十九年四月に行われた石川広布二十周年記念の総会です。私はフィナーレの責任者として臨みました。その時は、夫が病気を患っていたこともあり、責任の重さに悩みましたが、「今が宿命転換の時」と、題目根本にすべてをやり抜きました。
 総会は大成功のうちに終わりました。そればかりか、夫も役員として参加するまでに病状が好転し、これを機に丈夫になり、役所の勤めも三十年勤続を全うすることができました。
 六十歳の時、私は網膜剥離で手術。視力が無くなることを覚悟するように言われましたが、そうした心配もなく、現在も元気で活動しています。
 今では、息子夫婦や孫たち家族全員が、広布の庭で活躍。唱題で一つ一つ宿命を乗り越えた我が家は、まさにこの御文通りに“一家和楽の春”を満喫しています。これからも、信心根本に「本門の十年」を勝利で飾ってまいります。(石川県副婦人部長)
2006 01/29 12:11:42 | きょうの発心
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