このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候(妙心尼御前御返事、一四八〇ページ・編一一二九ページ) *通解 この病は仏のお計らいであろうか。その理由は、浄名経・涅槃経には病のある人は仏になると説かれている。 1996年1月27日付
長女が一歳の時に気管支喘息を患い、毎日のように病院に通っていました。幼い体に容赦なく襲ってくる発作−−ミルクさえ飲めず、苦しそうに病と闘う我が子に、時間の経つのも忘れて唱題するばかりでした。 しかし、題目を唱えながらも、なぜ娘がこのような厄介な病にとりつかれたのか、との疑問が頭から離れませんでした。 そんな時、先輩から「娘さんの病気を通して、親の信心が試されている、と受け止めて、まずあなたが負けないことよ」と激励され、ハッとする思いでした。 自分の信心の姿勢を反省するキッカケとなりました。 やがて時が流れ、長女は関西創価中学に進学。そしてある年の秋、発作で苦闘する寮生活のなかで、一時帰省することに。場合によっては地元の中学に転入するのもやむをえない状態でした。しかし本人の、必ず治して学園に帰るとの決意は固く、親子で真剣な唱題に励みました。 帰省して一カ月。病状は驚くほど安定し、学園に元気に戻っていきました。以来十三年、発作もなく、今は女子部の本部長として頑張っています。 「妙法は、大宇宙に轟きわたる『希望の音声』である。『勇気の音声』である。……題目にまさる力は何もないのである」とスピーチにあります。 今年は、“唱題根本の年”と決め、“すべてに大勝利”の一年にしてまいります。(福岡<県>総合婦人部長)
|