一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文・あに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ) *通解 一切衆生にとって、南無妙法蓮華経と唱える以外に遊楽はない。経(法華経寿量品)には「衆生が遊楽する所」とある。この文は法楽を自ら受けるということをいっているのである。 1996年1月26日付
この御文は、苦境の最中にあった四条金吾を激励された御言葉です。私自身、苦しい時にはいつもこの御文を心に思い浮かべ、唱題第一で頑張ってきました。 勉強に励み、念願かなって創価大学へ。しかし、経済的な事情から、学業を続けることに絶えず不安がありましたが、母に相談すると、母は「大学は続けなさい」と言ってくれました。 母に負担をかけないようにと、アルバイトに励みました。休みの間も実家には帰らずに、アルバイトに精を出す私に、大学の先輩や同級生も、また周囲の同志も我が事のように心配し、温かく応援してくれました。 そうした皆さんの真心に奮起した私は、勉強はもとより弘教にも進んで挑戦。そして友人に弘教を実らせることができた時、思いがけなく池田先生にお会いし、「お母さんを大切に」と激励していただいたのです。この時の感動を胸に、更に勉学に活動に、またアルバイトにと、充実した日々を送ることができました。 先生は「衆生所遊楽」について「この大仏法に巡りあえた私どもは、何があっても、すべてを『楽しい人生』へ、『朗らかな人生』へ、『希望の人生』へと回転させていける」とスピーチされています。 これからも、友と苦楽を分かち合いながら、すべてを希望と喜びに転換しゆく信心を貫いていく決意です。(副女子部長)
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