聖教新聞「きょうの発心」から
 命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり(可延定業書、九八六ページ・編一一七五ページ)
 *通解
 命というものは我が身第一の珍宝である。一日でも寿命を延ばすならば千万両の金にも勝る。
1996年1月25日付
 私は昭和二十六年、生まれながら病弱な次女の健康を願い、入会。その後、元気に育っていく次女の姿に信心の確信を深めるなか、三十二年、三女が誕生しました。
 しかし、喜びもつかの間、生まれて五十日目に三女の様子がおかしくなったのです。病院に行っても、医者からは「残念ながら手遅れです」と言われ、愕然としました。
 我が家に帰り、御本尊の前に座り唱題しました。やがて、数時間もたったころ、それまで全く動く気配のなかった我が子が目を開き、大声で泣き出したのです。しかし、余りにも短い生涯を閉じたのです。でも、私には、我が子が私を励ますかのように笑みをたたえているように見えました。
 また、その時、一緒に唱題してくれた同志の方が、この御文を拝して“大切なお子さんの分まで、あなたが長寿で幸せになっていくことが大事よ。つらいでしょうが、信心を奮い起こし、悲しみを乗り越えていきましょう”と激励してくれました。この時を機に、私は、何があっても学会の中で生き抜こうと決意しました。
 以来三十数年、一昨年は多宝大学校第一期のメンバーに。池田先生は「宿命を
 乗り越え 勝ち越え 不朽なる 我が家は勝利の 記念の城かな」との歌を多宝会に贈ってくださいました。
 宿命を乗り越えてきた私たち多宝会こそが、学会の正義を声を大にして叫ぶ時と銘記し、健康第一に悔いなき勝利の人生を歩んでまいります。(東京・綾瀬<区>副総合婦人部長)
2006 01/25 12:17:47 | きょうの発心
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