聖教新聞「きょうの発心」から
 一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず(四条金吾殿御返事、一一六三ページ・編一〇一八ページ)
 *通解
 人間の一生は夢の上の出来事のように、はかないもので、明日の命も分からないものである。いかなる乞食になっても、法華経にきずをつけてはならない。
1996年2月15日付
 病気と経済苦に悩み、希望を失い、人を恨み、卑屈になっていた私は、友人の紹介で、昭和三十一年に入会しました。以来、同志が我が家を訪れては激励してくれ、こんなに温かい世界があったのかと感動したものです。
 特に、東京から来た先輩幹部に教えてもらったこの御文は、私の支えとなりました。
 −−社会にあって一時的に敗北することもあるだろう。しかし、そのこと自体は、法華経をきずつけることではない。その時に人間として誇りを失ったり、卑屈になったり、信心を失うことこそが法華経にきずをつけることなのである、との励ましとともに、深く胸に刻みました。
 以後、何があっても退転しないことを決意し、弘教に学会活動に真剣に取り組みました。入会して五年、気がついてみると、病気も克服し、会社を設立して生活も安定するまでになっていたのです。
 池田先生はかつてこの御文について「何があろうと、自分の『信心』に傷をつけてはならない、学会員としての『誇り』をもち、『襟度』をもって、立派に生きよ、理想に生きよ、広宣流布に生きよ、ということになろう」と指導されています。
 これからが、本当の自身の人生総仕上げの時ととらえ、地涌の誇りを胸に使命の道を堂々と進んでまいります。(鹿児島県副県長)

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2006 02/15 12:40:25 | きょうの発心
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