聖教新聞「きょうの発心」から
 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし(兄弟抄、一〇八八ページ、編六八九ページ)
 *通解
 たとえ、どのような煩わしいことがあっても、夢であると思って、ただ法華経(御本尊)のことだけを考えていきなさい。
1995年2月18日付
 伝統の二月−−。私にとっても、入会三十五周年の記念の月にあたります。南国・宮崎から上京して半年目、ようやく東京の生活に慣れたころ、友人の「宿命転換の仏法です」との確信の一言に入会を決めました。
 ところが、私の入会を知った親、兄弟、知人の猛反対にあいました。自ら選び取った信仰を、最も親しい人から非難されるのは、つらいことでした。
 そうした私を心配した先輩が教えてくれたのが、この御文です。以来、父親の猛反対にもめげず純真な信仰を貫き、遂には父親を信仰に導いた池上兄弟の姿が、私の信心の鑑となりました。
 その後も、多くの苦難の峠、辛苦の谷がありました。しかし、私は、つらい事態に直面するたびに、障魔の嵐を乗り越えた池上兄弟のことを思い起こしては祈り、行動するなかで、身近な人々と対立するのではなく、自らの幸福の姿をもって、信仰の正しさを証明しよう、と唱題根本に頑張り抜きました。
 現在、三人の子供は独立。三年前に定年退職した夫とともに第二の人生を、“生涯青春”の心意気で、日々、挑戦しています。今、何よりも自ら選んだ正しい信仰を貫き通したことに、深い幸福感を味わっています。
 この御文の御精神のままに、二〇〇一年五月三日をめざし、これからも広布一筋に歩み、人生の総仕上げをしてまいります。(東京・目黒区副婦人部長)

未来の本屋〜でじたる書房〜

2006 02/18 12:32:46 | きょうの発心
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