この御文は、大願に生き抜くことの大切さを教えられたものです。
信心している両親のもとで育った私は、信仰の必要性は認めていたものの、これといった悩みに直面したこともなく、「信仰は自分の幸せのため」といった狭い考えにとらわれていました。そのため、活動にも積極的ではありませんでした。
ところが、大学入学の直後、誘われるままに参加した学生部の会合で、一人の先輩の姿に、私の信仰観は一変しました。元気はつらつとしたその言動は、信仰の喜び、確信にあふれていたからです。私は、「自分もあのように確信と歓喜の人生を歩みたい」と決意したのです。
後に、その先輩が、経済苦と交通事故の後遺症を抱えながら、スポーツ選手として活躍していたことを知りました。信心を根本に前向きに生きる姿が、他者に勇気と希望を与える−−私はそこに真の宗教の生き生きとした活力を実感せざるを得ませんでした。
大聖人の仰せのままに、成仏、広布という大願に生きる人生には、希望があります。確固とした信念があります。無限に広がる歓喜があります。学会の座談会は、その何よりの実証です。
日本では、宗教はともすれば「心の慰め」「精神修養的なもの」といったイメージでとらえられがちです。それだけに、私たちの座談会は、草の根レベルで「生きた宗教」を訴える絶好の場だと確信いたします。
“友人とともに参加”を合言葉に、「大座談会運動」の先駆を切っていく決意です。(中部男子部書記長)
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