聖教新聞「きょうの発心」から
 善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし(開目抄、二三二ページ・編四六二ページ)
 *通解
 善きにつけ悪しきにつけ、法華経を捨てるのは地獄の業因となるのである。
1996年3月2日付
 この「開目抄」の一節は、どんな理由であれ、信心を絶対に退転してはならないと厳しく戒められています。生涯不退の信心を貫いてこそ、真実の幸福の軌道を歩んでいけるからです。
 昭和三十二年、私は両親に勧められて入会しました。信心に励むなかで、持病であった心臓の発作も次第に起きなくなり、今日に至っております。
 しかし、この間には人間関係で悩むことも幾度となくありました。
 特に、落ち込んでいた時に、先輩からいただいた一枚のハガキが忘れられません。そこには、「信心は一生です。長い人生、長い信心の途上には色々なことがあるものです。しかし全部自分の成長の糧にならないことはありません」と記されていました。
 また、この御文を拝して「退転しないで純粋に信心をし抜いたものが、最後は必ず勝ちます。どんなことがあっても負けないで頑張りましょう」といって励ましてくれたのです。
 この一枚のハガキに書かれた励ましの言葉に発心した私は、いかなることがあろうとも、広布の道一筋に歩んでいこう、また、友の一人一人の成長をいつも祈っていける自分に成長しよう、と決意しました。
 今ではこのハガキは色あせていますが、私を支えてくれた学会の温かな世界の象徴として「宝物」のように心から大切にしています。
 私は今六十二歳、まだまだこれからです。人々のために、地域のために、そして平和のために“生涯青春”の心意気で頑張ってまいります。(東札幌<県>副総合婦人部長)

未来の本屋〜でじたる書房〜

2006 03/02 12:29:02 | きょうの発心
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