私が大学に入学した昭和五十五年当時、宗門問題で悪侶の策動が渦巻くなか、我が家においても、学会への誤解もあって父の信心に対する反対がいやまして強くなっていました。
父は、私が学会活動で帰宅するのが遅くなると、家の鍵をしめたり、また、家族が勤行をしている時など、その後ろで邪魔をすることもしばしばでした。
そんな折、学生部の先輩が、この御文を拝して激励してくれたのです。
−−この御文は、日蓮大聖人御自身が時の権力者によって身命にも及ぶ迫害を受けられるなかで認められたものです。この御文に照らして、創価学会員として広宣流布に進む身に迫害や難があるのは覚悟のうえであり、むしろ誉れであると受けとめていこう、と。
この励ましに奮起した私は、以来、父に学会の真実を知ってほしいと一日一時間以上の唱題、学会活動等、すべてに全力で挑戦していきました。
そうしたなか、数年を経ずして父は勤行を実践するまでになり、今では副支部長として、更に聖教新聞の配達員として頑張っています。家も拠点となり、地域の同志がにぎやかに集う毎日です。
父を善知識とすることによって自分自身の成長があったと改めて実感しています。
現在、競い起こっている障魔に対しても、この大聖人の御精神を胸に一歩も退くことなく、学会の正義を訴え抜いてまいります。(新潟県男子部長)
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