あまり知られていない長野県の南信州、木曽南部のご紹介をします。
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青ヶ島の内輪山の淵を歩いていますと写真のような場所があります。ロープが張ってあり、ロープの外側に出て下がどうなっているか確認したいと言う衝動に駆られます。けれども誤って足を滑らせて転落と言う事態も予想されます。ですからロープの外には出ませんでしたが、今日の新聞ではインフルエンザがはやっている大阪や神戸で、休校中の自宅待機を指示されている中学生高校生が、繁華街をうろついているとの報道。これだけ大騒ぎになって、休校措置を取っていても守らない生徒がいる。

昼間は親がいない場合が多いので外出の制止が難しいとしても、今では夜中も働く親が多いので、余計難しいのだと思います。けれどもこういう所に、集団で登った場合少数の先生が多数の子供の行動に目を凝らしていても、中にはふざけて度胸試しのような行動を取る子供もいて、目を離した一瞬の隙に滑落と言うことだってありえます。そうなれば教師の監督責任だということで裁判にもなりかねません。

子供たちの中には、小さな頃から両親が昼間も夜も関係なく働かざるを得ず、家庭での躾がほとんどできていない子供も多いことでしょう。先生の言うことなど聞いているのは馬鹿だぐらいに思っている子供もいます。親が先生と力を合わせて子供の躾をどうするかなんてことは考える暇も無いくらいなのだと思います。

そんなことから、こういう危険があるところは、家庭で親が責任を持って監督しつつ登られた方がよいと思いました。書いていて思い出したのですが私が住んでいる飯田市でも天龍峡の通学路で高校生が通路の端にある防護作を乗り越え転落して死亡した事故がありました。通学路でさえもそうなのですから、ほとんど人が通らない険しい山道ではなおさら安全に注意するべきだと思います。旅はいろいろのことを勉強させてくれます。

2009 05/20 08:50:34 | none | Comment(0)
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PIC_0099.JPGPIC_0101.JPG内輪山噴火口の淵を回っていきますと左手に、写真のような鳥居が見えます。横に説明看板があり読んで見ますと出産、月事の人、喪中の人などは不浄として池の沢に足を踏み入れることができなかったが、当時の名主が限りある労働力を活用するためにこの位置に神社を立てお参りして農作業ができるようにしたとあります。

頭の良い名主さんだったのですね。信心を他の神様で打ち消して島民に安心して働いても良いと言うように信じこませてしまったのですから。こんな類の話は今でもいくらでもあることだと思いますが、信心と言うのは人に不安がある限り無くならないものだと思いますが、たわいの無いことなら良いですが、国家信教だとかいう話になってきますとものすごい力を発揮しだすので注意が必要です。

昔の武士は、戦いで敵地をのっとった後は、敵地の神社仏閣にたくさんのお金を施し、人心を集めようとしたそうですが、なるほどと思いますね。ここでけちけちしていたら人心は収まらず不安定な状況が続いたのだと思います。長野県南信州の町村誌を見ますとこのことが書いてありますが、信州とは遠く離れたこの青ヶ島でも同じようなことが書いてあり、やはり一つの国だなあと言う思いがしました。

2009 05/19 05:43:51 | none | Comment(0)
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外輪山を下りて行き、平坦な道路をほぼまっすぐに行きますと、「ふれあいサウナ」と言う看板が右手見えやじるに沿って左手に折れていきますと小さな公園があり駐車場に車を置き少し下りますと右手に写真のような地熱釜があります。その下にふれあいサウナがあり、その下に、ひんぎゃの塩生産工場があります。

旅行に出かける前にパンフレットで見た地熱釜とは違いましたが、気の良い宿の女将さんに頼まれた食料を、ふれあいサウナの管理人さんに届けて地熱釜の使い方をお聞きしたところ、芋などは1時間、卵は20分以上入れると皮が割れてしまうとのこと。また、地熱の温度は日々変わっているので時間は目安だとのこと。お聞きしておいて良かったです。ついでに内輪山丸山周りのことをお聞きしたら、内輪山の中に近回りをする道があるがその中には入らない方が良いとのこと、一人旅では転んで動けなくなったときどうにもならならないとのことでした。外に出て設備点検に来ていた技師さんにちょうどお会いしたので、どこから登ればよいかお聞きしたところ教えてくれて、「とにかく遊歩道を歩き、近回りをしないこと、自分は小学生の頃近回りをしようとして2転3転しひどいめにあった。」とのこと。

そこで、地熱釜の中に宿の女将さんからいただいた、芋と魚を入れ、女将さんの話では20〜30分と言う内輪山の淵を回ってみることにしました。遊歩道は最初は整備されていたのですが途中から刈り払っただけの道になり、久しぶりの山歩きだったので息も切れますし、こんなところで動けなくなってももう誰も登って来ないだろうと、慎重にゆっくり回りました。登りですから汗もかきますが、木立を吹き抜ける風がなんとも気持が良かったです。こういう道が天龍峡辺りにもあればいいのだがと思いながら回りました。


2009 05/18 07:57:51 | none | Comment(0)
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集落のある地域から島唯一の港三宝港方向に外輪山を越えて進みますと、右手に今日の写真のように小さなプリンのような山が見えてきます。これが丸山と言う休火山で、個々が噴火する前は大きな池があったそうでそれで池の沢と言う地名だそうです。田んぼもあったようです。

山には椿が植えられているとのことでこれは地元の人たちが植えたそうです。写真でもお分かりいただけると思いますが、ほとんど原生林でこれらなどもバイオエタノール混合ガソリンがアメリカやブラジルなどと同じ直接混合方式を採用すれば、人が作業できる勾配の地には、バイオエタノールの原料になる植物を植え刈り取って、島内にある焼酎工場でエタノールに変えて使えばよいと思いました。

この写真では分かりませんが、外輪山の崩壊したところからも煙が上がっていまして、道橋の側溝からも白い煙が上がっていました。最初爆発の予告ではないかと心配になりましたが、たまにすれ違う地元の車は、全く無頓着に通り過ぎているので私もそのまま進みました。休火山と言ってもまだ息づいているのです。この地熱を利用してバイオエタノール生産の熱源にすれば、燃料費はただと言うことになり大変好条件の地だと思いました。
2009 05/17 09:41:51 | none | Comment(0)
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青ヶ島地図.jpg
地図は青ヶ島語紹介のために青ヶ島役場作成の地図を参照させてもらいました。URLは青ヶ島役場観光パンフ3ページ

青ヶ島は周囲9kmと聞くと歩いて回れそうな感じがしますが、とにかく坂が多くて港から集落まで歩いたら1時間半近くかかってしまうとのことですし、タクシーもバスもありませんからやはりレンタカーがほしいところです。そして私の場合、ヘリポートに車を置いておいてくれたり、帰りにもヘリポートへ乗り捨てで良かったので助かりました。到着日にはレンタカー屋さんと顔が合わず、宿泊先の女将さんが迎えに来てくれてその車で宿に行ってしまったのですが、レンタカー屋さんも迎えに来てくれていたたそうです。

車がないと内輪山内にあるふれあいサウナや、丸山、集落と反対側にある三宝港という港を見ることができません。もちろん日程に余裕があって体力に自身のある方は歩きで島内を回った方が充実した旅はできると思います。下記に徒歩で回った人の旅行記のご紹介をしますが、お読みになられてこれなら私にもできそうだと言う方は挑戦してみてください。

島の周囲には道があるのですが、島の西側にある三宝港へ行く道は崖が崩落して通行止めになっていました。また島の東側にある今は使われていない大千代港への道も崩落のため通行止めでした。レンタカー屋さんは一軒ですが、たぶんいつでも借りられると思います。一応予約はしておいた方が良いとは思いますが。

昼前に青ヶ島に着き、昼食前の時間に、島の西側を先ずは大千代港方向に回り始め、崩壊で通行止めの部分まで行き戻って三宝港まで行き昼食に戻り、その後宿でふれあいサウナ近くの地熱釜を使ったお料理用の生卵や芋魚をもらい地熱釜に卵以外を入れ、内輪山丸山を徒歩で一周。帰ってきた頃出来上がっているので食べながら卵を地熱でゆでてそれを食し、ふれあいサウナに入って、お腹を少し減らしてレンタカー屋さんに行きガソリン満タンにして、宿に戻り近くを散策そして夕食。翌朝もう1回内輪山丸山を見たくなったので朝食前にカメラを持って出かけ撮影。帰りにヘリポートと宿の間の道を確認して朝食。この後ゆっくりして、ヘリポートまで行き車を返して八丈島経由で御蔵島まで行きました。

青ヶ島では滞在時間24時間と言う身近な旅でしたが、3日間あればご覧いただく旅行記にあるような詳細な観光ができるかと思います。写真はいくつか撮りましたので明日以降ご紹介します。青ヶ島てどんなところだろうとか、行って見たいなと言う人にはお勧めのホームページです。

青ヶ島旅行記
2009 05/16 12:47:43 | none | Comment(0)
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小中学校.jpg

青ヶ島へリポートに立ってみますと、周りは写真のような低木で囲まれています。写真の建物は青ヶ島の小中学校です。生徒数は21人とのこと。高校以上は東京や八丈島に出て行くそうです。親の負担は相当なものだと思います。考えて見ますと周囲9kmの小さな島ですからたいした産業も無く、平地も少なく農業でやっていけるわけもなく、高校を建てても人が集まらないと言うことだと思います。

しかしいたるところ原野のような所ですから、これらの所にバイオエタノールの原料になる草木を植えて、島焼酎酒造メーカに持って行きアルコールを作り、ガソリンと混ぜて使うようになれば、一大産業になります。そうすれば人口も現在の185人より飛躍的に増え、高校ぐらいは建てられるかもしれません。島外に出て行くにしても、親の負担感は減ることでしょう。

日本全土にわたってこういう原野のようなところが散乱していますから、こういう土地の有効利用を真剣に考えないと、地球の温暖化防止、エネルギー自給率の向上、失業率の低下等々有効な対策が立てられないのではないかと思います。
2009 05/15 06:36:45 | none | Comment(0)
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昨日のヘリコプターに乗って青ヶ島に到着。御蔵島旅行を思い立ち地図を見ていたら八丈島よりより南に小さな島があり青ヶ島と書いてありました。鬼が島の間違いかと思ったぐらい全く知らない島でしたが、どうせ八丈島まで行くならこの機会に立ち寄って見たいと好奇心が騒ぎ出し計画の中に入れたのですが、結果としては良かったです。

こういう所で島に食らいつき人々が住んでいてくれると思えば、私達信州の山奥に住む人間もそれなりに地域にへばりつき、農山村を維持しなくてはと言う思いが湧きます。最近の風潮として効率ばかりが叫ばれ、投資効率の悪い僻地を切り捨てるようなところがありますが、もっとも大事なのは、故郷を思い国を愛する人々の育成であり、そのためには子育てはこういう田舎ですることが大事だと思います。それがあったから、戦後の日本の復活には農山村から大量の人材を動員できたのだと思います。

そして産業の巨大化、都市部の人口増大ばかりを推進した結果、都市部と農山村の格差増大、少子高齢化の進行や食料自給率の低下、教育格差に悩む日本になってしまったのだと思います。やはり国土全体が平均的に維持されて、都市部からも人が田舎に来ても都市部と同じレベルの生活ができ、教育も同じようにできると言うインフラの整備もしておくのが政治の役割だと思うのです。

実際青ヶ島に来た日は村の年に1回の社会福祉協議会によるチャリティーバザーなるものがあり、宿泊場所の女将さんは本来は青ヶ島には食堂が無いので料金の中には、昼食代が含まれているそうなので、私の昼食を出さなければいけないところ、バザー会場でも村の特産物を使った食事ができるとのでそこで食べてくれないかと言うこと。女将さんもその食事作りの担当になっているらしく、そこへ行けばいろいろの人に会えるし楽しいですよとのこと。もう気もそぞろなので、それで結構ですと言ってレンタカー屋さんまで連れて行ってもらい分かれました。人口の少ない島なので年に一回の行事は村中総出でやって大きな楽しみになっているようでした。

これが都会のお祭りではこうは行きません。そこに昔から住んでいる人、これからそこで家を建てて住もうとしている人は別にしても、アパートや下宿人の多い地域では、その人たちは仮の宿ですから、よっぽど暇でもなければ参加しないと思います。こうして故郷に対する愛着心が薄れていくわけです。子供たちは小さい頃からの行事として身も心も故郷になじんでいくことができます。

子供たちにもいろいろ聞いてみましたが、素直で礼儀正しくよく教育されていました。私の住む南信州でも山奥の村に行くほど子供たちは礼儀正しく教育されています。最も驚いたのは、レンタカー屋さんでこの村では車に鍵をかけるということをしなくても大丈夫で、鍵を車に付けっぱなしでもいいですよと言うこと。実際バザー会場で駐車場を見たところ、車の窓は開けっ放し、鍵を付けっぱなしの車も見かけました。本来日本と言う国は昔はそうであったと思うのです。私の住んでいる飯田市の隣の村では家に鍵をかけるなんてことはつい数年前まではしなかったのですが、食費に窮した人が殺事件を起こしてから鍵をかけるようになったとのことです。

小さな規模の集落では、何をするにしてもみんなで力を合わせないとできないと言うことがあって、助け合いの精神、信じあって生活をしていくと言うことができるのだと思いますが、都会ではこれが難しい。小さな離島などでは、日本のよさがたっぷりと残っているようです。お金になるバイオエタノール生産とインフラさえ整備されていれば、こういう田舎にあこがれて戻ってきたり、都会で仕事の無い人たちの中でも移住してくる人が多くなるのではないかと思います。

ウィッキペデアによる青ヶ島紹介
2009 05/14 08:32:06 | none | Comment(0)
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八丈島〜青ヶ島〜御蔵島間は船がありますが就航率が悪く、青ヶ島行きは50%を切るとのこと、船だけに頼っていると確定的な日程が組めません。それで2ヶ月も3ヶ月も前に旅行日程を組む場合はヘリコプター利用と言うことになります。ただしこのヘリコプターもし当日船が運航した場合は、連絡だけすればキャンセル自由、キャンセル料が発生しないと言うものですので、船とヘリコプター両方を予約しておき、船が運航した場合はキャンセルすればよいのですが、たとえば八丈島〜青ヶ島間ならヘリコプターなら20分、船なら3時間以上かかりますので、船上での時間が長く、余裕のある日程なら良いのですが、余裕の無いときにはその分青ヶ島での観光時間が少なくなってしまいます。

二つの理由で、最初からヘリコプターを予約しておきましたが、ともかく高いです。それでも会社は大赤字で、都からの補助金で成り立っているそうです。ヘリコプター自身が高いですし、9人乗りでいつも満席と言うことではないし、人件費も機長と副機長二人が乗って、各島々にも社員を配置して1日1便か2便の運行を支えているのですから高いのもやむ得ないと思います。

しかしながら、小さな島では港が二つあれば南側の港は荒れていても北側の港は穏やかと言うことがあるそうなので、船の運行率はぐっと高まり、時間はかかっても日程としては確実な日程が組めれるようになると思います。青ヶ島など使っていた港に行く道が崩れてしまったため長らく閉鎖していますが、こういう所にこそ道路特定財源を当てて早期に復旧させてほしいものだと思わずにはいられません。島の観光収入にも大きな影響を与えると思います。
2009 05/13 07:04:59 | none | Comment(0)
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map.jpg
http://www.town.hachijo.tokyo.jp/gaiyo/kankou/kankou-top.html

この地図は八丈島役場作成の上記URLの地図を説明し易くするため、多数のレイヤーを除いたものです。URLをクリックしてみていただきますと、地図上に多数の写真が見られ、右方には、地図上の番号に対応した観光場所の説明がリンク文字から入れるようになっています。

この地図から分かりますように、八丈島には20ヶ所に及ぶ観光地があり、4番の八丈富士だけでも5番のふれあい牧場の上にある八巻道路まで車で行って、その上は歩きで、外輪山まで約1300段の階段、外輪山を一周し、内輪山まで降りていきますと半日はかかってしまいます。私たちの場合、山登りの日に9番の歴史民族資料館を見ましたがこれで半日。1日に2箇所しか見れませんでした。

島の外周は止まらず走れば1時間半近くで回れますが、途中降りて散策すればこれで半日以上、島南部には温泉が多いですからこれにゆっくり入っているとこれで1時間はかかります。私たちは2日八丈島に滞在しましたがとても全てを見ることはできませんでした。旅好きの息子の話によりますと、じっくり見るなら4日は必要とのことです。

八丈島までの船の就航率がどれだけか分からないのですが、御蔵島などは東海汽船が素通りしてしまう日が何日かあったのですが、八丈島には来ていましたので台風でもなければ就航率は高いと思います。夜中に東京港を出て八丈島に9時半頃着く船を利用すれば、何回かに分けて八丈島を見ることはできると思います。

もし時間とお金の余裕ができたら、今度は船で大海原の中をのんびりと、もう一回八丈島に行き、8番−八丈植物公園、15番−裏見ヶ滝と温泉にゆっくり入って来たいものだと思います。

世の中不景気ですし、世界的なインフルエンザ、この際国内旅行でお金を落とし景気回復に貢献することも大事だと思います。離島の場合日数が天候の具合で不確定ですから、時間とお金に余裕のある定年退職後の世代がご夫婦とか仲間で出かけられたらいかがかと思う次第です。
2009 05/13 07:03:18 | none | Comment(0)
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歴史民族資料館と言うのは大体の土地にありますが、八丈島では流人が多かったということで、日本各地からいろいろの人が流されてきて一種の異文化交流の地であったようです。資料館の文書にも島の歴史は流人から受けた影響は大きかったと書いてありました。

島焼酎はたくさんありますが、これなども穀物を使ったドブロクは穀物の少ない島では禁制であったが、流人の中に芋から焼酎を造る技術を持った人がいて、焼酎が造られるようになったということです。

残念なのは、ここでも撮影禁止で写真が撮れなかったのでより詳細をご紹介できません。帰ってきて歴史資料館のホームページを探し見てみたのですが、ほとんど資料らしいものは載っておらず、もったいないことだと思いました。

何事も宣伝が必要ですが、行って見てみたいという気分にさせるには写真は効果があります。写真では実物を見るよりもどうしてもどうしても得られるものが少ないですからもっと良く知りたいと言う人は現地に出かけて見たいと言うことになります。しかしながら先生と言う職業の方は、写真を見せるとそれだけで満足して来てくれないとか、価値が落ちるとか、やくやく着てくれた人にじっくり見てもらいたいとか考える人が多いように思います。実業家ならとにかくこういうものがあると言うことを知ってもらわなければ商売にならないと考えて宣伝に躍起になるのですが、先生と言う職業の人はそれが少ないように思います。

浜松市水窪町の民族資料館でも同様なことがあったのですが、今では写真撮影も許可してくれているようで一歩前進です。長野県内では私が行ったところでは、写真撮影はどこもOKで違いを感じました。もし皆様の中に八丈島に行ってみたいと言うお方がおられましたらぜひ見学することをお勧めします。

なお、ここで感心したのは、建物は昔の学校を役場として使っていたのを転用し今では民族歴史資料館としていることです。こういう建物は、箱物として土建業者の餌食になり易いのですが、使えるものは手入れをして使うと言う姿勢は良いと思いました。
2009 05/11 06:36:25 | none | Comment(0)
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