聖教新聞「きょうの発心」から

2006年 03月 10日 の記事 (1件)


 夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり(寂日房御書、九〇二ページ・編一二〇六ページ)
 *通解
 およそ人間の身を受けることはまれである。すでにまれな人身を受けている。また、あいがたきは仏法であるが、これもまたあうことができた。同じ仏法の中でも法華経の題目にあいたてまつり、結局、南無妙法蓮華経の題目の行者となった。
1995年3月10日付
2006 03/10 08:22:35 | きょうの発心
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