聖教新聞「きょうの発心」から

カテゴリ[ きょうの発心 ]の記事 (65件)

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 夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり(寂日房御書、九〇二ページ・編一二〇六ページ)
 *通解
 およそ人間の身を受けることはまれである。すでにまれな人身を受けている。また、あいがたきは仏法であるが、これもまたあうことができた。同じ仏法の中でも法華経の題目にあいたてまつり、結局、南無妙法蓮華経の題目の行者となった。
1995年3月10日付
2006 03/10 08:22:35 | きょうの発心
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 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(呵責謗法滅罪抄、一一三二ページ・編五九九ページ)
 *通解
 いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経・十羅刹よ助け給えと、湿っている木より火を出し、乾いた土より水を出すように、強盛に祈っている。
1996年3月9日付
2006 03/09 12:02:18 | きょうの発心
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 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
 *通解
 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。
1996年3月8日付
2006 03/08 10:11:47 | きょうの発心
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 聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり(上野殿御返事、一五四四ページ・編一〇八三ページ)
 *通解
 (火のように信ずるとは)教えを聴いた時は燃え立つばかりに思うが、遠ざかると、信心を捨てる心が生じることをいう。水のように信ずるとは、常に後退することなく信ずることをいう。
1996年3月7日付
2006 03/07 15:28:53 | きょうの発心
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 日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや(諸法実相抄、一三六○ページ・編五四九ページ)
 *通解
 初めは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えたのである。未来もまた同じであろう。これこそ地涌の義ではないか。
1996年3月6日付
2006 03/06 11:38:21 | きょうの発心
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 仏法を信じて今度生死をはなるる人のすこし心のゆるなるをすすめむがために疫病を仏のあたへ給うはげます心なり・すすむる心なり(閻浮提中御書、一五八九ページ・編一四六七ページ)
 *通解
 仏法を信じて、今度生死を離れようとする人が少し心が弛んでいるのを見て、仏は信心を促すために疫病を与えられている。信心を励まし勧めるという心である。
1996年3月5日付
2006 03/05 11:57:27 | きょうの発心
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 但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又違恨無し諸の悪人は又善知識なり(富木殿御返事、九六二ページ・編四七七ページ)
 *通解
 ただ私の生涯は、もとより覚悟のうえである。今になって、翻ることはないし、そのうえまた遺恨もない。多くの悪人はまた善知識である。
1996年3月4日付
2006 03/04 11:53:11 | きょうの発心
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 師子身中の虫の自ら師子を食うが如し、外道には非ず多く我が仏法を壊りて大罪過を得ん(二乗作仏事、五九四ページ・編一四〇七ページ)
 *通解
 (仁王経には)師子身中の虫が自ら師子を食うようなものである。外道ではなく、多くの仏弟子が仏法を破壊する大罪を犯すであろう(と説かれている)。
1995年3月3日付
2006 03/03 12:23:35 | きょうの発心
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 善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし(開目抄、二三二ページ・編四六二ページ)
 *通解
 善きにつけ悪しきにつけ、法華経を捨てるのは地獄の業因となるのである。
1996年3月2日付
2006 03/02 12:29:02 | きょうの発心
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 よきところ・よきところと申し給はば又かさねて給はらせ給うべし、わろき処・徳分なしなむど候はば天にも人にも・すてられ給い候はむずるに候ぞ(四条金吾殿御返事、一一八三ページ・編一一五九ページ)
 *通解
 (新しい領地を)“良い所だ、良い所だ”と言っていれば、また重ねて頂戴することもあろう。それを“悪い所だ。収益がない”などと言えば、諸天にも人にも、見捨てられてしまうであろう。
1996年3月1日付
2006 03/01 11:48:31 | きょうの発心
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 南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき
 (持妙法華問答抄、御書四六七ページ・編二一七ページ)
 *通解
 南無妙法蓮華経と自身も唱え、他人にもそう勧めることこそが、人間として生まれてきた今生の思い出なのである。
1996年2月28日付
2006 02/28 08:57:52 | きょうの発心
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 人身は受けがたし爪の上の土・人身は持ちがたし草の上の露(崇峻天皇御書、一一七三ページ・編一○三八ページ)
 *通解
 人間に生まれてくるのは難しい。爪の上の土のように希である。また、人間に生まれてきても、その身を持つことは難しく、草の上の露のようにはかない。
1996年2月27日付
2006 02/27 12:25:21 | きょうの発心
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 仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか(報恩抄、二九三ページ・編八八八ページ)
 *通解
 仏教を学ぶ者が、父母、師匠、国の恩を忘れてよいであろうか。この大恩を報ずるには、必ず仏法を習い究めて智者とならなくてはならない。
1994年2月26日付
2006 02/26 12:35:10 | きょうの発心
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 天魔・外道が病をつけてをどさんと心み候か、命はかぎりある事なり・すこしも・をどろく事なかれ(法華証明抄、一五八七ページ・編一三九一ページ)
 *通解
 天魔・外道が病気にさせて脅そうとしているのであろうか。命は限りあることであり、少しも驚いてはならない。
1995年2月25日付
2006 02/25 09:34:14 | きょうの発心
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 願くは我が弟子等・大願ををこせ(上野殿御返事、一五六一ページ・編一二四一ページ)
 *通解
 願わくは、我が弟子らは、大願を起こしなさい。
1996年2月24日付
2006 02/24 12:22:13 | きょうの発心
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 強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ(四条金吾殿御返事、一一一八ページ・編四八六ページ)
 *通解
 強盛な大信力を出して、法華宗の四条金吾、四条金吾と、鎌倉中の上下万人、更には日本国の一切衆生の口にうたわれていきなさい。
1996年2月23日付
2006 02/23 12:19:33 | きょうの発心
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 此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、一一二四ページ・編五六九ページ)
 *通解
 この曼荼羅(御本尊)をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。
1996年2月22日付
2006 02/22 12:14:49 | きょうの発心
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 御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり(檀越某御返事、一二九五ページ・編一〇九二ページ)
 *通解
 宮仕え(仕事)を法華経の修行と思いなさい。経に「一切世間の治生産業は皆、実相と違背しない」と説かれているのはこのことである。
1996年2月21日付
2006 02/21 07:54:48 | きょうの発心
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 一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし(一生成仏抄、三八四ページ・編二二ページ)
 *通解
 一念無明の迷いの心は磨かない鏡である。これを磨けば必ず法性真如の明鏡となるのである。
1995年2月20日付
2006 02/20 09:27:59 | きょうの発心
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 正法を護らんと欲せば彼の貧女の恒河に在って子を愛念するが為に身命を捨つるが如くせよ(開目抄、二三三ページ・編四六三ページ)
 *通解
 正法を護ろうとするならば、かの貧女が恒河にあって我が子を思う一念から身命を捨てたように、正法護持に命をかけなさい。
1996年2月19日付
2006 02/19 08:21:07 | きょうの発心
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 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし(兄弟抄、一〇八八ページ、編六八九ページ)
 *通解
 たとえ、どのような煩わしいことがあっても、夢であると思って、ただ法華経(御本尊)のことだけを考えていきなさい。
1995年2月18日付
2006 02/18 12:32:46 | きょうの発心
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 譬えば一人にして七子有り是の七子の中に一子病に遇えり、父母の心平等ならざるには非ず、然れども病子に於ては心則ち偏に重きが如し(妙一尼御前御消息、一二五二ページ・編七一四ページ)
 *通解
 たとえば、ある人に七人の子供がいて、その子の中で一人が病気になったとする。父母の心は、どの子にも平等であるが、やはり、病気の子に対しては誰よりも、心配するようなものである。
1995年2月17日付
2006 02/17 12:00:29 | きょうの発心
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 妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり(法華経題目抄、九四七ページ・編三〇二ページ)
 *通解
 妙とは蘇生という意味である。蘇生とは蘇るということである。
1996年2月16日付
2006 02/16 12:28:39 | きょうの発心
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 一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず(四条金吾殿御返事、一一六三ページ・編一〇一八ページ)
 *通解
 人間の一生は夢の上の出来事のように、はかないもので、明日の命も分からないものである。いかなる乞食になっても、法華経にきずをつけてはならない。
1996年2月15日付
2006 02/15 12:40:25 | きょうの発心
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 冰は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる(乙御前御消息、一二二一ページ・編七九〇ページ)
 *通解
 氷は水から出来たものだが水よりも冷たい。青い色は藍から出たものだが、色を重ねると藍よりも色が濃くなる。
1996年2月14日付
2006 02/14 12:37:28 | きょうの発心
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 末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり(諸法実相抄、一三六〇ページ・編五四九ページ)
 *通解
 末法で妙法蓮華経の五字を弘める者の間で男女のわけ隔てをしてはならない。皆、地涌の菩薩として出現した人でなければ唱えることのできない題目である。
1993年2月13日付
2006 02/13 12:06:36 | きょうの発心
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 衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり (一生成仏抄、三八四ページ・編二二ページ)
 *通解
 (浄名経に)衆生の心がけがれれば、その住む国土もけがれ、心が清ければ国土も清いと説かれるように、浄土といい穢土といっても、国土に二つの隔てがあるわけではない。ただ我らが心の善悪によって浄土とも穢土ともなるのである。
1996年2月12日付
2006 02/12 12:35:31 | きょうの発心
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 法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし(経王殿御返事、一一二四ページ・編五六九ページ)
 *通解
 法華経の利剣は、信心フ殊勝な人こそが使いこなせるのであり、これこそ鬼に鉄棒なのである。
1995年2月11日付
2006 02/11 12:37:57 | きょうの発心
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 設ひ等覚の菩薩なれども元品の無明と申す大悪鬼身に入って法華経と申す妙覚の功徳を障へ候なり(兄弟抄、一〇八二ページ・編六八三ページ)
 *通解
 たとえ等覚の菩薩であっても、元品の無明という大悪鬼がその身に入って、法華経という妙覚の功徳を妨げるのである。
1996年2月10日付
2006 02/10 12:31:23 | きょうの発心
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 軍には大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり(乙御前御消息、一二一九ページ・編七八八ページ)
 *通解
 戦には大将軍を魂とする。大将軍が臆したならば、部下の兵も臆病になってしまう。
1996年2月9日付
2006 02/09 12:01:14 | きょうの発心
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 法華の題目は獅子の吼ゆるが如く余経は余獣の音の如くなり(御義口伝、七六四ページ・編一六一〇ページ)
 *通解
 法華経の題目は、獅子が吼えるようなものであり、他の経は他の獣の声のようなものである。
1996年2月8日付
2006 02/08 08:28:56 | きょうの発心
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 顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷有りと雖も只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候(道妙禅門御書、一二四二ページ・編九三一ページ)
 *通解
 祈祷には顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷があるといっても、ただ肝要なことはこの法華経の信心をされるならば、現在および未来の所願が満足されるであろう。
1996年2月7日付
2006 02/07 12:11:32 | きょうの発心
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 只須く汝仏にならんと思はば慢のはたほこをたをし忿りの杖をすてて偏に一乗に帰すべし(持妙法華問答抄、四六三ページ・編二一三ページ)
 *通解
 ただあなたが仏になろうと思うならば、慢心の幢(旗を上につけた鉾)を倒し、瞋りの杖を捨てて、ひとえに一乗の法華経に帰依すべきである。
1996年2月6日付
2006 02/06 14:06:18 | きょうの発心
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 かかる濁世には互につねに・いゐあわせてひまもなく後世ねがわせ給い候へ(法華行者逢難事、九六五ページ・編六〇〇ページ)
 *通解
 このような濁世には互いにつねに話し合って、ひまなく後世を願うようにしなさい。
1996年2月5日付
2006 02/05 11:57:14 | きょうの発心
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 無作の三身をば一字を以て得たり所謂信の一字なり(御義口伝、七五三ページ・編一五九九ページ)
 *通解
 本然の仏の生命を、一字をもって得ることができる。いわゆる「信」の一字である。
1995年2月4日付
2006 02/04 11:13:39 | きょうの発心
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 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
 *通解
 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ自受法楽ではないか。
1996年2月3日付
2006 02/03 12:39:43 | きょうの発心
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 いのちはつるかめのごとく・さいはいは月のまさり・しをのみつがごとくとこそ法華経にはいのりまいらせ候へ(富木殿女房尼御前御書、九九〇ページ・編一二四三ページ)
 *通解
 いのちは鶴亀のように、幸福は月が満ち、潮が満つるようにと、あなたのことを法華経には祈っている。
1996年2月2日付
2006 02/02 12:16:07 | きょうの発心
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 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし(兄弟抄、一〇八八ページ・編六八九ページ)
 *通解
 たとえ、どのような煩わしいことがあっても、夢のなかのこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。
1996年2月1日付
2006 02/01 11:11:54 | きょうの発心
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 行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る(兄弟抄、一〇八七ページ・編六八八ページ)
 *通解
 仏法を持ち、修行と理解が進んできた時には、三障四魔が紛然として競い起こる。
1996年1月31日付
2006 01/31 12:03:02 | きょうの発心
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 此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、一一二四ページ・編五六九ページ)
 *通解
 この御本尊をよくよく信じていきなさい。南無妙法蓮華経は師子の吼えるようなものである。どのような病も障りをなすことができようか。
1996年1月30日付
2006 01/30 12:37:33 | きょうの発心
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 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる(妙一尼御前御消息、一二五三ページ・編七一五ページ)
 *通解
 法華経を信ずる人は冬のようなものである。冬は必ず春となる。
1996年1月29日付
2006 01/29 12:11:42 | きょうの発心
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 このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候(妙心尼御前御返事、一四八〇ページ・編一一二九ページ)
 *通解
 この病は仏のお計らいであろうか。その理由は、浄名経・涅槃経には病のある人は仏になると説かれている。
1996年1月27日付
2006 01/27 12:12:47 | きょうの発心
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 一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文・あに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
 *通解
 一切衆生にとって、南無妙法蓮華経と唱える以外に遊楽はない。経(法華経寿量品)には「衆生が遊楽する所」とある。この文は法楽を自ら受けるということをいっているのである。
1996年1月26日付
2006 01/26 12:36:54 | きょうの発心
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 命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり(可延定業書、九八六ページ・編一一七五ページ)
 *通解
 命というものは我が身第一の珍宝である。一日でも寿命を延ばすならば千万両の金にも勝る。
1996年1月25日付
2006 01/25 12:17:47 | きょうの発心
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 但し妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらずそ法なり(一生成仏抄、三八三ページ・編二一ページ)
 *通解
 ただし妙法蓮華経と唱え、受持するといっても、もし自身の心の外に法があると思うならば、それは全く妙法ではなく、劣った粗雑な法である。
1996年1月24日付
2006 01/24 12:21:16 | きょうの発心
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 妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり(法華経題目抄、九四七ページ・編三〇二ページ)
*通解
 妙とは蘇生という意味である。蘇生とは蘇るということである。
1996年1月23日付
2006 01/23 12:17:07 | きょうの発心
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 願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科を顕せ・師子は値いがたかるべし(閻浮提中御書、一五八九ページ・編一四六七ページ)
 *通解
 願わくは日蓮の弟子等は師子王の子となって、群狐に笑われることがあってはならない。過去遠遠劫以来の日蓮のように、身命を捨てて強敵の過ちを顕しなさい。師子は値い難いのである。
1996年1月22日付
2006 01/22 12:29:56 | きょうの発心
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 悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取って善心を破るといふ事なり(唱法華題目抄、七ページ・編一四四ページ)
 *通解
 悪知識というのは、甘い言葉で語りかけ、いつわり、こび、言葉巧みに、愚かな人の心を取って、善心を破るということである。
1994年1月21日付
2006 01/21 12:46:44 | きょうの発心
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 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈祷抄、一三五一ページ・編五一九ページ)
 *通解
 大地をさして外れることがあっても、大空をつないで結ぶ者があっても、また、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りが叶わないことは絶対にない。
1996年1月20日付
2006 01/20 12:36:23 | きょうの発心
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 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
 *通解
 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ、自受法楽ではないか。
1996年1月19日付
2006 01/19 12:41:01 | きょうの発心
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