聖教新聞「きょうの発心」から
 聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり(上野殿御返事、一五四四ページ・編一〇八三ページ)
 *通解
 (火のように信ずるとは)教えを聴いた時は燃え立つばかりに思うが、遠ざかると、信心を捨てる心が生じることをいう。水のように信ずるとは、常に後退することなく信ずることをいう。
1996年1月12日付
 これは、一時的に燃え上がってもやがて消えてしまう火のような信心ではなく、水が退することなく流れるような信心を貫いていくことの大切さを教えられた御文です。
 入会以来の信心を振り返ってみる時、何があっても不退の心で進んでくることができたのも、学会の同志の温かい励ましがあったればこそです。
 昭和四十九年、広告代理店として独立。しかし、様々な試練が待ち受けていました。広告がまったく取れず悶々としたことも少なくありませんでした。また連帯保証人となっていた会社が倒産し、苦悩にあえぐ日々が続いたこともあります。
 そうした時、いつも私を温かく激励してくれたのが信心の先輩であり、同志の皆さんでした。この真心の励ましによって何度もくじけそうになった自分を奮い立たせ、今日まで信心を貫いてくることができました。
 学会指導の中に「皓々と輝きを増しゆく月のごとく、また、刻々と漲りゆく海原の潮のごとく、一日一日、そして一年一年、限りなく上昇していける人生であってほしい」とあります。
 今年は、大座談会運動が展開されていきます。私も一人一人の壮年と語り励まし、共に不退の信心を貫いて、「新世紀・大勝の年」を大勝利していきます。(東札幌<県>副県長)
2006 01/12 12:32:38 | きょうの発心
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