2010年 03月 の記事 (5件)


風にそよぐ葦かび、
萎れる稲穂にはなにもなく
風は冷たくもあたたかくも
かぐわしくもさわがしくもなく
ただそこにたちこめた。

眠くなるほど
ながい
ながい時間が過ぎた。

きみが右足を踏みだせば、
ぼくは左足をあとずさろう。
背中には千尋の谷。
雄叫びをあげる
ぐふうが天へ昇っている。
きみはふたたび左足を踏みだすだろう。
そしてぼくも右足をあとずさるだろう。

きみとぼくは
無限に離(か)れ果てた。

そこまではすぐだった。
だけど
そこから先は
モンシロチョウを9.7次元で
捕まえるような
まるで虚空を塗りつくしてゆくような
色彩がひろがった。

きみのなまえ、
きみのすがた、
きみとの想い出、
きみとの楽しい会話、
きみとの触れ合い、
きみとの旅行、
きみとむかえた苦難、
きみとすごしたたくさんの夜が、
一瞬にして、
意味をなさなくなり、
灰塵に帰した。

そこに時間は存在しない。
きみの右足が無意識に踏み出され、
ぼくの左足は、
谷のへりまであとずさる。

きみがもういちど左足を踏みだせば、
ぼくは堕ちるしかないだろう。

そのとき君は笑うかい?
ぼくのうろたえに腹を抱えるかい?

とうとう
きみは左足を踏みだした。
ぼくは、
へりでふるえる左足を支点に
右足をあとずさり、
宙を踏む。
吸いこまれるように傾いた身体を、
両手がバランスでもとるかのように前に投げ出される。
君は尚も右足を踏みだした。
僕は支点までも喪くし、
谷底へ堕ちてゆく。
伸ばした腕をつかもうとした君の顔は、

どうしてだい、
蒼ざめているじゃないか。
きみは手じゃなく肘をつかんだ。
安物のセェタァはぼくの体重を支えられず、
伸びて、ほつれはじめる。
一本、また一本と、毛糸がほつれてゆく。
未練の毛糸は、
情感色の鱗粉をばらまきながら、
ちぎれた。

さようなら、
きみを愛していたよ、
あと何秒かの命だとしても
ぼくはきみを愛し続けるよ。

ぼくの声は竜神の叫びにうちけされ
真っ逆さまに堕ちてゆく。

そのときだ、
きみは突然、へりを踏み切りにして、
ぼくに向かってとびたった。

なんてことをするんだきみは
そのこわねも
見下ろすきみの微笑みに散らされた。

ふたりの距離は、
やっと一定の水準を越えた。
そこから先は、
未知数の次元。

ぼくにもきみにも
だれにもわからない。

いいのかわるいのか
かなしいのかたのしいのか
なにひとつわからない。

でも
いいんだよね
それがふたりの末路なんだから。
きみの手がぼくの胸をわしづかむ。
もう逃がさないわと
ありったけの力をこめて。

 
たそがれどきに
星はない。
だけどなぜだか
胸は希望にあふれていた。

死はふたりを
別てなかった。
竜神のさけびのただなかへ
ふたりのいのちは
まつろい
はぜて
しずくとなり
ながれた。

ふたりの切ない距離も、
そのとき消えた。
2010 03/30 21:24:00 | none
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 いくつぐらいだったのだろうか。
 雨は既にふりはじめていたのに、
 きっと、不器用に梯子を伝って、屋根の上にのぼり、
 シャボン玉をとばしていた。
 吹き出されたシャボン玉が、いきよいよくとび、雨と風に
 桾(ふし)染されてゆく。

  オキナワの民家は大抵が平屋だった。
  下では、私の名前を呼んで探している。
  いつものことだと、なぜ諦めないのか。
  抛っておいてくれればよかったのだ。

    こうちゃ〜〜ん!!こうちゃ〜〜〜〜ん!!!

  返事なんかしてやるものか。
  恐いものなんてなかった。
  暴風も、豪雨も、ともだち。
  雷様は、親友だった。
  からだがいくら濡れたって、気にならなかった。
  濡れた瓦はよく滑る。それがどうした。
  滑って落ちたら、それまでのことだ。
  落ちる不安にさらされながら、危ないことする奴はいない。
  落ちる不安なんて全然ないから、あぶないことができるんだ。

  ガジュマルの樹が咆哮してる。
  この樹には、死人の魂が集うという。
  闇夜の午前零時、魂が妖しく蔓や木肌を赤錆色、
  ほのかにまぶくという。
  見たことはない。
  でも、抱きつくと、冷たい。

  「おまえは、ひとりじゃないんだね?おともだち、たくさんいるんでしょ?ぼくは、いつもひとりさ。こうしておまえに抱きついていたって、ひとりなのさ。つまらないよね。だから、おまえのともだちに逢わせてよ。おねがいだから、逢わせてよ。なかには、ちいさな子供だっているんでしょ?」

  約束通り、おまえの好きなシャボン玉とばしているよ。
  さぁ、おまえも、約束守ってよ。
  おまえのおともだち、逢わせてよ。

  私は、独り言をよくする子供だった。
  咎められることもあったが、
  どうしていけないことなのか、理解できなかった。
  言葉は、相手がいて使うものだって理屈が、
  どうしても飲み込めなかった。
  言葉は、自分のものじゃないの?
  自分のものを、自分がどう使ったって、構わないんじゃないの?
  僕は、僕だけのための言葉しかもっていない。

  瓦がかたかた鳴り出した。
  私を空へ舞いあげようと突風が大地から立ち上がって来る。
  横殴りの雨に、眼を開けていられないけれども、
  私は、ガジュマルをずっと見ていた。
  蔓が風に巻き上げられ、
  封じ込められるように雨に包まれて、
  ちぎれて、はじかれる。

  痛いかい?痛いよね?おひげはおまえの心のヒダだよね?心が千切れてゆくって、どんな感じ?それは、とっても寂しいの?それはとっても、やるせないの?教えてよ。僕のこの胸の痛みと、おんなじかい?

  雨雲の真ん中に雷雲が拡がった。
  ぴりぴり、怒ってるみたいに、じぐざぐの光が点滅してる。

  雷さん、落ちてくる?落ちてくるなら、僕に向かっておいで!おまえの光で、僕を焼け尽くしてよ!!

  光の枝がどこかに落ちた。
  つづいて、音がとどろく。
  変な感じだ。
  音って、どんくさい。

  もうひとつ、落ちた。
  綺麗な光の枝条、
  見知らぬ電磁の世界の王様さ。
  あらゆる音が、かしずく。

  だんだん近づいてくる。

  いよいよ、僕だね?僕に落ちてくれるんだね?もう、天使は要らないよ。扶けてくれなくったっていいよ。がんがんしびれて燃えるって、どんなんだろう。胸は高鳴り、血と肉は踊り、心はいちじるしく放電する。

  だけど、落ちたのは、
  僕の大好きなガジュマル君だった。
  激しい閃光で眼が一瞬眩んで、べきべき、避ける音、
  そして音と同時に、真っ赤な焔が翔んだ。

  その時だよ、ガジュマル君は約束を守った。
  べきべき音をたてながら、折れたその裂け口から、
  数千もの丸い光るビー玉が空に舞い上がってゆく。

  おともだちだよね?君たち、どこへゆくの?空へ帰るのかい?ねぇ、こんにちは、僕は、こうちゃんっていうんだ。知ってる?僕も、おねがいだから、連れていってよ!!

  つれないね。一緒にはいけないんだね。じゃ、君たちに花を贈るよ。石鹸の泡だけど、シャボン玉っていうんだ、綺麗なんだよ、虹色にかっこいい円を描いて、ふわふわさまようんだ。ほら、こうだよ。ほら、たくさん飛んでるだろう?嬉しいのかい?あ、嬉しいんだね?だって、あんなにくるくる回ってる。

  さよなら、死人たち、さよなら、大好きだったガジュマル君。さよなら、さよなら、さよなら!!

  

    しばらくのち、
    救い出された私は、叱られることもなく、
    翌日、違う家に向かって旅立つ。

  今度は、どんな人がパパとママになるんだろう。
2010 03/21 11:58:03 | none
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  1972年6月某日、僕は、国鉄片町線放出(はなてん)駅に降り立った。

  夜明けから降り出した雨は、罷む気配を見せず、午前8時50分、更に雨足が激しくなっている。

  傘を持たない僕は、空を見上げながら、駅を出て、坂を下り、神社の鬱蒼と茂った樹木で雨宿りしながら、走らず、ひたすら歩く。

  走ったって、ゆっくり歩いて行ったって、雨の量が一定ならば、濡れる量も、同じなのだ。

  同じ量の雨に濡れてしまうのならば、走って体力を消耗する必要はない。時間はある。
  学校はとっくに始っているし、遅刻しそうになって小走りに校門へ急ぐ生徒達ももういなかった。

  叩きつけられる雨音、跳ね返る滴、マンハッタンのボタンダウンシャツも、裾17センチに絞った学生ズボンも、アーノルドパーマーのワンポイントが入った靴下も、vanの赤いデッキシューズも、ぺちゃんこの革鞄も、下着も、ぐっしょり、濡れていた。

  濡れ初めは嫌なものだけど、これだけずぶ濡れになってしまえば、寧ろ、小気味よくなってくるものだ。

  屋根も、庇も、軒も、柱も、車も、皆、濡れている。空も、地も、みんな濡れている。

  不思議な一体感が、僕を貫いている。踏み出す足が雨を弾き、弾かれた滴が途を突き、顔や腕からしたたる滴が、重なってゆく。不規則、不安定、恍惚とした、普通の、自然の営みが、こんなにも実感できる。

  不意に、足音が、聞こた。

  ぴちゃちゃぷぴちゃちゃぷ、水の膜を踏み破る音だった。
  ハイヒールなのだろう、縮むように響く音が、4拍子、♭気味に、確実に近づいてくる。

  狭い坂道だったが、通行人は僕しかいなかった筈だった。

  四つ角を西へ折れると、目的地までは、もう一直線だ。

  しかし、雨をつんざく足音は、更に、追いかけてきた。

  「ねぇ、ちょっと、待ってよ」

  足音の主が声をかけてきた。振り返る。そこには、赤い傘を差した女性がいた。
  白いワンピースで、ちょっとミニだった。靴はダークアイボリーで、5センチくらいのミドルヒールのパンプスだった。

  立ち止まった僕に彼女は追いつき、傘を私に差しかけると、

  「歩くの速いんだから、必死だったのよ、駅からずっと追いかけてきたのに」

  「駅からですか?」

  「知らなかった?あなた、傘もないくせに、降ってないみたいに平気で歩き出しちゃうんだもの、驚いたわよ。こんなに濡れちゃって、もう」

  と、ショルダーバック(これもダークアイボリーだったかな)から、萌黄色のハンカチを出して、僕の顔を拭いた。

  「寒くない?」

  不思議そうな顔をしていたのでしょう、僕の表情に気づいて彼女は、

  「気にしないでね、放っておけなかっただけだから」

  そういいながらも、ハンカチをもつ手は、小刻みに、私の顔と髪を拭っていた。

  「足りないわね、これじゃ、ね、学校へ行くんでしょう?バスタオルあるの?」

  「え?ないと思いますが」

  「じゃ、どこかで買わなきゃだめね、あ、あそこ」

  視線の先には、いつも煙草を買っていた店があった。雑貨屋だが、ほとんど今のコンビニと変わりない品揃えだった。

  彼女はハンカチを持ったまま、私の袖をつかみ、一緒に歩き出した。腕、組んで。

  僕は、まぁ、ドギマギしていたさ。
  こういう年上の女性、まして、OLさんとこうして二人っきりで話すなんてなかったし、これだけ見ず知らずの高校生に、こんなに親切な女性も、初めて逢ったからだと思うけど、とにかく、やけに、気恥ずかしかったんだ。
  こんなとこ、皆に見られたら、OLにまで手を出したのか、なんて、きっと誤解されるに決まってる。
  誤解されるのに吝(やぶさ)かではないけれども、それは、彼女に失礼だろう。

  しかし、僕は、腕を振りほどこうとはせずに、店の中に入り、買ったタオルで賢明に僕の髪や背中や脚を拭く彼女のされるままになっていた。

  お店のオバサンは、驚いてたっけ。あんた、この女何ものよ、ってな視線、ビシバシ送ってきてさ、にやついたりしちゃって、あとで根掘り葉掘り訊きだされるに決まってるんだ
  面倒臭いなぁ。

  「はい、これで、ちょっとは、マシになったわね、学校行くんでしょう?」

  「いいえ、ちょっと、忘れ物をしたものだから、それを取りに来ただけなんです」

  「忘れ物?じゃ、あなた、学校は?」

  「さぼってます」

  「不良ねぇ」って言い方が、またすごく素敵だった。非難するキライは全然なくって、どうしようもないわねぇ、ってゆるやかに抱擁するような言い方だったんだ。

  「じゃ、どこに行くの?」

  「この先の喫茶店です」

  「何て名前?」

  「NJ」

  「知らないわね、まぁ、いいわ、そこまで送ってってあげる」

  相合い傘だった。背は僕と同じくらいだけど、髪が長くって、お化粧の匂いが、雨の匂いに混じって、くすぐったかった。相変わらず、腕組んで、激しい雨の中を歩いた。

  彼女の歩調に合わせたから、ときどき、スキップしながら、触れる腰、胸、ドキドキしながら、歩いていたさ。数分の道が、何時間くらいに思えただろうか。

  雨が、おもむろに、揺れながら水色にハシャイデゆくのさ。踊るように、こまっしゃくれてさ。

  なんかさ、このまま抱きしめたって、抱きしめ返してくれそうなくらい、彼女は、すごく大人だった。彼女の濡れてる右肩、気にして、傘を、彼女の方に押し返すと、また柄を僕の方に傾ける彼女。

  一緒に、すこしづつ、すこしづつ、水色に濡れていったんだ。

  NJに到着して、彼女は、なにか言いたげだったけど、

  「ありがとうございました」

  深々と礼する僕に、微笑返すだけで、そのまま、来た道を戻っていった。

  僕をわざわざ送るために、遠回りしたんだろう。名前、訊けば良かった、と何度思いかえした事だろうか。その瞬間だって、そう思ってた。

  彼女の後ろ姿を、僕は、NJのフィックスドアを開けっ放しにしたまま、いつまでも、眺めていたっけ。


  忘れ物?

  ええ、見つかりました。
  物じゃないですから。
  それはね、確か、こう呼ばれていますよ、

    ”気持ち” ってね。
2010 03/13 09:54:17 | none
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 驚いたなら、
 ごめんね。
 そんなつもりじゃなかったんだ。
 海があるだろう?
 聞いてるかい?
 水平線のむこう青空が
 くっついたようになって、
 むこうになにがあるか、
 むかしの人は知らなかったんだ。


ゆび、
うごく?
あたま、
いたい?
これ、
みえる?
こえ、
きこえる?
ねぇ、
すき?
ねえ、
あいしてる?
まど、
あけるよ。
ほら、
風がふいてるよ、
青葉があんなに茂って、
空だって、
あんなにも青くって、
水平線のむこうに、
なにがあるの?
おしえてくれなかったよ、
おしえてくれないまま、
むこうにいっちゃったら、
やだもん、
め、
さめなかったら、
やだもん、
いっちゃったら、
絶対やだもん、
おにいさん。

 驚いたならごめんね、
 そんなつもりじゃなかったんだ、
 海があるだろう、
 聞いてるかい、
 水平線の向こうになにがあるか、
 むかしのひとは、
 知らなかったんだ。

空と海がくっついたようになって、
山吹色にかがやいているんだって、
だからそこにさへいけば、
ぼくらは
仕合わせになれるんだ。

   すきとおるように
   きらめく
   眞白い手が
   優美に
   ゆっくりと
   てまねきするのが、
   見えたんだ。
   
   そう、
   あれは、
   天使の手、
   だったよ。


2010 03/06 23:27:11 | none
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あなたの夢は二度しか見ぬのに
あなたの亭主の夢は六ぺんも見た
あなたとは夢でもゆっくり話ができぬのに
あの男とは散歩して冗談まで交わしていた
夢の世界は意地が悪い
だから
私には来世も疑われてならないのだ
あなたの夢は一目で醒めて
二度ともながいこと眠れなかった
あなたの亭主の夢は長く見つづけて
次の日には頭痛がする
白状するが私は
一度あなたの亭主を殺した後の夢が見たい
私がどれだけ後悔しているだろうかどうかを
2010 03/03 20:21:32 | none
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