――ふう〜う。
と私は煙草を一服するとその吸い殻を携帯灰皿にぽいっと投げ入れたのであった。
*******つまり、《自由》に身を委ねると、つまり、現状は、つまり、嘗ての、つまりね、Pyramid(ピラミッド)型の階級社会にすら程遠い、つまり、一握りの大富豪と、つまり、殆ど全ての貧乏人の、つまり、大地に屹立した、つまり、峻険なる山のやうな、つまり、階級社会となるのは必然だと思ふかい?
――そうね、《自由》の下ならば一世代位の期間はさういふ階級社会が続くと思ふけれども、でも……、峻険な山が風化するやうにPyramid型の階級社会が長期に亙る《自然》の近似ならば三世代の間位に峻厳な山からPyramid型へと階級の形が移行する筈よ、多分ね、うふ。
と、雪は私との筆談が楽しいのか愛らしい微笑みを浮かべ次に何を私が書くのか興味津津に私の手のPen先をじっと凝視するのであった。
*******すると、つまり、さうすると現在貧乏人は、つまり、一生貧乏人かい?
――……さうね。一握りの《成功者》を除くと殆ど全て貧乏人は貧乏人のまま一生を終へるわね……残念ながら……。士農工商のやうなPyramid型の或る種平安な階級社会が《自然》に形作られるには最低三世代は掛かる筈よ。だって、貧乏人が《職人》といふ他者と取り換へ不能な一廉の人間になるには最低三世代のそれはそれは血の滲むやうな大変な苦労が必要だわ……。
*******それじゃね、つまり、市民といへば聞こえは良いが、つまり、単刀直入に言って市民といふ貧乏人は、つまり、士農工商の何れかの階級の《職人》に、つまり、三世代掛かってなるんだね?
――う〜ん、……さうね、多分。だって、現在生きてゐる人類の多くは貧困に喘いでゐて、その貧困から脱出する術すら未だに見つけられずにゐるじゃない。人間が社会に寄生して生きる外ない生き物で、しかもそれが《自由》の下ならば、人類の現状がそのままこの国の社会にも反映され、そして《自然》は必ずさう仕向ける筈よ。《自由》が《自由》を束縛するのよ、皮肉ね。あなたもさう思うでしょ、一握りの先進国が富を独占してゐる世界の現状が《自然》ならば、この国の社会もそれを反映した《自然》な世界の縮図にならなければ神は不公平だと。つまり……この国の国民の殆ども貧困に陥らないとその社会は嘘よ。
雪はさう言ふと不意に満月を見上げ
――ふう〜う。
と煙草を一服したのであった。
…………
社会に不満を持つのは舌足らずな思考をする青年の取り柄だが、当時の彼女もまた当然若かったのである。ねえ、君、攝願と比丘尼になった今の雪の考へをもう一度聞いてみたいがね。
…………
*******ねえ、つまり、多様性は、つまり、さうすると、どうなる?
私は満月を見上げる雪の肩をぽんと叩き筆談を続けたのである。
――Paradigm(パラダイム)変換が必要ね。市場原理による《自由》な資本主義にたかって生きるならば一握りの大富豪とその他殆ど全ての貧乏人といふ《多様》に富んだ階級構造は受け入れるしかないわね。でも、擬似かもしれないけれども封建制度の復古等等、Paradigm変換は必ず訪れるわ。峻険な山が風化するやうにね。
*******でも、君、つまり、峻険な山が、つまり、風化してPyramidのやうになったとしても、つまり、その社会は活力が減衰してゐないかい?
――さうね、あなたの言ふ通りね、でも、地球を《自然》の典型と見るならば、或る日突然地殻変動が起きてヒマラヤの山々のやうな大地に峻険と屹立する途轍もなく高い山が再び此の世に出現する筈よ。それがParadigm変換じゃない?
と言ふと
ふう〜う。
と、雪は煙草を一服したのであった。
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ〜〜
相変はらず私とは全く面識のない赤の他人の彼の人は私の視界で明滅しながら音ならざる声を上げ続けてゐるのであった。
(以降に続く)