2008年 06月 10日 の記事 (1件)


例えば・・・このタイトルを思ったときにふと頭に浮かんだのはBUMP OF CHICKENの「リトルブレイバー」。
「例えば 日陰でゆれるその花をなぜか愛しく思い どうにかして日向へと悩めたら 少し強くなれる」で始まる印象深い曲です。

しかし、好きな曲なのになんか違うと思ったりする。

日陰で花が咲いてる。
それを愛しく思うのはまぁいい。ってか優しい。
それを日向へとなぜ思うのか?

これねぇ・・
花にしてみれば要らぬ世話かもしれないんだよね(^。^
その花は日陰で咲くことが望みかもしれないし。
日向は日差しが強すぎて枯れちゃうかもしれない。

どうにかして日向へと思ったのはその人の勝手な思いであって、決して相手にとって都合のいい考え方とは言えない。
それを悩むことで強くなれるのもまた自分であって、相手のことはさして重要ではない。
もちろん、日向で咲きたいのにたまたま咲いた場所が日陰で寂しい思いをしてるのかもしれない。
曲の主旨は、後者の理由で以後の歌詞が成り立っているんですが・・・

リトルブレイバー、直訳で「小さな勇者」ってなるのかな。
メロディーもそれ以降の歌詞も好きな感じ、いや、BUMPのたいていの曲は素直にいい曲だななんて思うのですが、どうもこれは聞いたとき、好きなのにちょっとまてよ・・・・と引っかかってしまってたんですよね。

と、まぁ本題を書き出す前にヘンなことを考えてしまってここまできましたが。

例えば・・・
閑静な住宅街に住んでたとする。
月に一回、町内会で公園の草刈りがあったりして、近所の仲はいいほう。
その中に、ほとんど草刈りに参加しないおじさんがいたとする。

ある草刈りの日、そのおじさんが珍しくも参加してきた。
しかもそのおじさんは、いつも居ないくせに「段取りが悪い」だの「道具が悪い」だの文句ばかりを言う。

この時点でこれを読んでるあなたはどう思いますか?

・何を言ってやがる、いつも居ないあんたに言われたくないわ!
と逆ギレ

・腹は立つけど何かちゃんとした理由があって言ってるんだろうな
と話を聞く

・無視
ぶっちゃけ関わりたくない

・こっちにはこっちの理由もある、聞いて欲しいなぁ
と話し合おうとする

2番目と4番目は似てるようですがちょっと違います。
受け身と積極性って感じですかね。

別に答えが何だとか、コレを選んだあなたはこういうタイプです、とかいうものはないんですがw

感情の差というものを書きたいわけです。
これがいつも来てる人に言われたことならきっと感じ方も違うはず。

もう一つ。

例えば、アパートに住んでたとする。
歳が近くていつも仲良くさせてもらってるアパートの人が「すんません、醤油切らしちゃって・・・」と来た。
まぁ普通に貸しますよね。
同じように仲が悪いわけじゃないけど、会えば挨拶程度という深い付き合いでもない人が「醤油が・・・」と来たとする。

貸さなくはないけど、そこに感情の違いはあるはずですよね。

同じことを言われても、相手によって持つ感情は違うんです。
平等とか博愛とかいい言葉はたくさんあるけど、人間ってのはそういう天使のような生き方は出来ないんです。

そういう感情の違いがあるからこそ、信頼感とか仲間意識とかいうものが実感出来るんですね。
みんながみんな天使のような人で、信頼しきって生きていけたら「信頼感」とかいう言葉自体生まれてこないはず。
みんなが最初から全財産100万円だったら、金持ちって言葉も貧乏って言葉も無い。
みんなが最初から100歳までって寿命が決まってたら、長生きとか短命とかいう言葉は無い。
みんなが最初から同じ体重だったら、太ってるとか痩せてるっていう言葉は無い。
違いが無いってのはそういうことなんですよね。

現実そういう違いが無いってことはありえない。

違いは必ずある。

そういった違いの中で人は生きてる。
信頼感や仲間意識に関して言えば、信頼できない人がいるから信頼できる人が居る。
仲間じゃない人がいるから仲間が居る。
ってことですかね。
肯定的否定(否定的肯定)っていうんですかね。
前提として肯定されるものがあるからこそ、否定が出来るっていう・・・

なんだかややこしい話になってきた・・・・

とにかく、仲の良い人ほど良くしてやりたくなる。
それは普通の感情で当たり前。

そこを超えて誰にでも同じように接するのは目標にしたいけど・・・
なかなかそうもいかんのですよね


何が言いたいんだか・・・(-_-

 
2008 06/10 22:10:26 | none | Comment(0)
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