福井総裁が講演。急がないが、金利は引き上げるべきと言及。
これを受け、為替相場は堅調推移。1ドル110.5円付近。
以下、記事は少々長いが、今後の日銀の金融政策を占う上で
かなり重要な内容を含んでいるので、省略せずに転記、保存。
日銀総裁:金利は引き上げていく方向―上下のリスク見極め決定
12月3日(ブルームバーグ):日銀の福井俊彦総裁は3日午前、名古屋市内で講演し、「日本経済が物価安定の下での持続的成長軌道をたどるのであれば、金利水準は引き上げていく方向にある」と述べた。一方で、原材料価格の上昇で企業の所得循環に「問題が生じるリスクは認識しておかなければならない」と言明。米国経済についても「最終的に大丈夫だという答えを持っている人は1人もいない」としており、利上げは一段と遠のいたとの見方も広がっている。
福井総裁は金利引き上げの具体的なタイミングについては「予断を持つことなく、経済・物価の見通しのパスやその蓋然性(がいぜんせい)、上下両方向のリスクなどを十分に点検しながら決定していく」と述べた。
財務省が同日朝発表した2007年7−9月の法人企業統計季報によると、経常利益は前年同期比0.7%減と2002年4−6月以来のマイナスとなった。三井住友アセットマネジメントの武藤弘明シニアエコノミストは「収益環境自体はここに来て悪化しており、日本経済にとっても下振れリスクを意識せざるをえない局面になりつつある」と指摘。日銀の利上げのハードルは「一段と高まっていると言わざるを得ない」としている。
福井総裁は「物価の安定の下での持続的な成長が続く可能性が高いと考えているが、そうした見通しの蓋然性(がいぜんせい)を確認していくことは当然必要だ。同時に、見通しに影響を及ぼし得るリスク要因を点検することも重要であり、その際には、目の前のダウンサイドリスクだけにとらわれることなく、上下両方向のリスクに目を配っていかなければならない」と指摘。
その上で「金融政策は、経済・物価に影響を及ぼす事象を幅広い視野でバランス良く点検していくことが極めて重要であり、そうした点検の上に立って適切な判断を行っていきたい」と語った。米サブプライム(信用力が低い個人向け住宅)ローン問題の影響が拡大していることや、国際金融市場の動揺が続いているため、日銀の利上げは当面困難との見方が市場では根強い。
福井総裁は講演後の質疑応答で「日本の金利は、経済がだいたい2%絡みの安定した成長が続いていき、インフレ率がそんなに急速に上がらない。CPI(消費者物価)はじわじわと上昇率を広げていくだろうという見通しだが、この見通しに狂いが生じないとすれば、やはり今の政策金利の水準は実勢と比べて低すぎるのは明らかだ」と述べた。
適切なタイミングでは果断に
福井総裁は「だからと言って、金利を引き上げることを決して急いでいるというわけではない」として、「われわれとしてはできるだけゆっくり金利を引き上げていく」と言明。そのうえで「ゆっくり過ぎて、一方で偏った期待の下で資金が非効率な分野に投入され、後で皆が迷惑をこうむる種をつくるというのであれば、われわれとしても責任を果たしたことにはならない」と指摘。「適切なタイミングと思われれば、果断に金利は引き上げなければならない」と語った。福井総裁は一方、米国経済について質疑応答で「住宅市場の調整の山場が近づいているとは思うが、山場が見えたとか、越えたとはまだ言えない状況だ。まだ時間がかなりかかることを覚悟しなければならない」と指摘。「1%台半ばくらいの減速は米国だけでなく、世界中の人は覚悟しており、それを前提として世界経済の見通しを出している」としたうえで、「問題はそれ以上に減速するかどうかであり、ここのところが不確定だ」と語った。
福井総裁はさらに「今後、住宅在庫がいつから減り始めるか、住宅在庫が減るという本格的な調整の過程で、住宅価格がどれくらい下がるか。住宅価格が下がれば、やはり多かれ少なかれ、米国の個人消費に悪い影響が及ぶだろう。そこまで多少見えてこないと、本当のダウンサイドリスクの顕現化というイメージがわいてこない」と言明。「いずれも最終的に大丈夫だという答えを持っている人は1人もいない」と語った。
事実上の景気判断下方修正か
福井総裁は講演で、日本経済の現状については「好調な企業部門に比べると、家計部門の改善テンポが緩慢な状態が続いているが、全体としてみれば、緩やかな拡大を続けている」と述べた。日銀は11月13日公表した金融経済月報で、わが国の景気は「緩やかに拡大している」としていた。福井総裁が「全体として」と加えたことで、日銀は事実上、景気判断を下方修正した可能性もある。
福井総裁は「賃金など家計部門への波及を考える上で、多くの雇用者を抱える中小企業の業況は重要なポイントの一つだ」と指摘。「もともと、今回の景気拡大局面はグローバル化の進展とともに進んできたため、世界経済との接点の大きさによって、企業の業況にもばらつきがみられたが、このところ、各種の調査で中小企業の業況が悪化している」と語った。
福井総裁はその上で「これには原材料の高騰による交易条件の悪化や、本年前半、生産が横ばい圏内で推移したことなどが影響していると考えられる。生産活動は夏場以降、再び増加に転じているが、今後の状況を注視していきたい」と述べた。福井総裁は講演後の質疑応答でも、中小企業の業況感の悪化や企業倒産の増加に言及。「(中小企業の)所得が圧迫され、所得循環のところに少し問題が生じるリスクは認識しておかなければならない」と述べた。
世界経済への影響はなお不確実
福井総裁は家計部門についても「決して悪いとは言えないが、せいぜい底堅いという言葉が当てはまるということは、今ひとつさえないということでもある」と指摘。「企業部門の所得から家計部門の1人当たり賃金という形での還元の力が少し弱い。これが、個人消費がしっかりしてくるというよりは、一歩手前の底堅いという姿にとどまり続けるという状況につながっている」と語った。
福井総裁は国際金融市場の動向については、講演で「サブプライム問題に端を発した動揺が続いている。米欧の証券化商品市場は機能が大きく低下しており、短期金融市場も正常化したとは言えない。株式市場や為替市場も世界的に振れの大きな展開となっている」と指摘。「調整にはそれなりの時間を必要とする」として、「そうした市場や金融機関の動向が世界の実体経済にどのような影響を与えるかについては、なお不確実な部分がある」と語った。
福井総裁はその上で「このように、海外経済や国際金融資本市場などの変調が生じた場合には、日本経済に対して、輸出入や企業収益、金融市況の変化などを通じて影響が及ぶリスクがある点には、注意を払っていく必要がある」と述べた。
質疑応答での主な一問一答は次の通り。
――中小企業は苦境にある。この点をどうみるか。
「私どもは、中小企業の問題は単にミクロの問題とは考えない立場を取っている。経済の好循環というのは、生産活動が進められ、所得が生まれ、その所得が次に投資や消費という形で支出行動につながる。現在、日本経済をマクロ的に見ると、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが続いているとみている」
「ただ、仔細に見た場合、生産が行われ、所得のところで中小がコスト転化をできないというのであれば、所得がスクイーズ(圧迫)され、所得循環のところに少し問題が生じる危険、リスクは認識しておかなければならない。そういった場合、中小企業を中心に賃金についてもブレーキを踏む」
「日本経済全体として企業の収益、投資は順調だが、家計部門は決して悪いとは言えないが、せいぜい底堅いという言葉が当てはまるということは、今ひとつさえないということでもある。企業部門の所得から家計部門の1人当たり賃金という形での還元の力が少し弱い。これが、個人消費がしっかりしてくるというよりは、一歩手前の底堅いという姿にとどまり続けるという状況につながっている」
「特に中小企業において所得の面でスクイーズが生じ、賃金に回る部分が少ないということになると、この循環メカニズムに幾ばくか安全とは言えない面が残る。あるいは、場合によっては、それが大きくなるリスクがあるので、生産・所得・支出の前向きの循環メカニズムが順調に働き続けているというマクロ的な判断の中に、そういう問題意識をしっかり受け止めながら、今後とも経済の動きをみていきたい」
――米国経済の調整はどれくらい続くのか。
「既に1年くらい米国の住宅市場の調整を経ている。しかし、今の段階で米国の住宅の新規着工は一番高かったころと比べて半分くらいの水準だ。それで米国の住宅在庫の水準が減り続けているかというと、まだ通常の2倍くらいと非常に高い水準にある。住宅市場の調整の山場が近づいているとは思うが、山場が見えたとか、越えたとはまだ言えない状況だ。まだ時間がかなりかかることを覚悟しなければならない」
「先週も20カ国財務相・中央銀行総裁会議(G20)が南アフリカで行われたが、米国経済が今後、目立って減速するというところまでは皆、覚悟している。米国経済の実質成長率は7−9月が4.9%に上方修正され、調整しているとは言え、3四半期でならしてみると3%くらい成長している。これからは本当に減速するだろう。1%台半ばくらいの減速は米国だけでなく、世界中の人は覚悟しており、それを前提として世界経済の見通しを出している」
「問題はそれ以上に減速するかどうかであり、ここのところが不確定だ。米国の10−12月の成長率が多少低くなっても、それが直ちにダウンサイドリスクが強く顕現化したと言うには当たらない。ある程度の減速は皆、織り込み済みだ」
「それ以上に落ちるかどうかが不確定で、それはまさに今後、住宅在庫がいつから減り始めるか、住宅在庫が減るという本格的な調整の過程で、住宅価格がどれくらい下がるか。住宅価格が下がれば、やはり多かれ少なかれ、米国の個人消費に悪い影響が及ぶだろう。そこまで多少見えてこないと、本当のダウンサイドリスクの顕現化というイメージがわいてこない。問題の焦点ははっきりしている」
「(中略)米国や欧州の企業の対するアンケート調査では、欧米の金融機関の貸し出し態度は既に若干厳しくなっているという答えが出ている。金融機関の融資態度が慎重化すれば、米国の住宅在庫の処理が行われ、住宅価格が下がり、米国経済がどれくらい下振れするかという問題のほかに、金融機関の与信態度が慎重化することによって、もう1つブレーキがかかる。この両面から米国経済の下振れリスクを正確に評価しなければならない」
「今のところ言われているのは、ダウンサイドリスクが、本当にわれわれが既に織り込んでいる以上に行くかどうかまだ不確定だ。米国は結構、住宅部門以外の分野の粘り強い経済になっている。雇用の増加も大きなダメージを受けずに続いていると言われている。これが今後も続くかどうか」
「さらに、米国経済が少し予想よりも悪い状態になったとしても、世界全体としてみて、米国以外の世界経済でそのショックをどこまで吸収できるのか。ディカップリング(分離)も以前と比べると、相当吸収力がついているとも言われている。いずれも最終的に大丈夫だという答えを持っている人は1人もいない。ここのところをしっかり見極めていくということが大事になってくる」
――金利引き上げは必要か。
「日本の金利は、経済がだいたい2%絡みの安定した成長が続いていき、インフレ率がそんなに急速に上がらない、CPIはじわじわと上昇率を広げていくだろうという見通しだが、この見通しに狂いが生じないとすれば、やはり今の政策金利の水準は実勢と比べて低すぎるのは明らかだ。だからと言って、金利を引き上げることを決して急いでいるというわけではない」
「特に、さまざまな企業、産業の前向きの努力に非常に苦労が伴っていることをよく承知しており、十分時間をお貸ししながら、われわれとしてはできるだけゆっくり金利を引き上げていく」
「しかし、ゆっくり過ぎて、また一方で偏った期待のもとで資金が非効率な分野に投入されて、後で皆が迷惑をこうむる種を作るというのであれば、われわれとしても責任を果たしたことにはならない。そうしたことも十分視野に入れながら、適切なタイミングと思われれば、果断に金利は引き上げなければならない」