ぶはは≧∇≦ブハハハハハ
火災は同日午前10時半ごろ、近所の人から119番通報があった。同市や市消防本部などによると午後3時半現在、燃えた住宅や商店などは約140棟に上り、午後5時現在、約7万5千平方メートルが延焼した。同市は計744人に避難勧告を出した。

なんのことかといえば、2016年12月22日に起きた糸魚川大火の件である。

糸魚川大火の被災者の皆様へお見舞い申し上げます。早期生活の立て直しができますように、お祈り申し上げます。

でも、これって、奇跡なんでないかい?

けが人は消防士も含めて3名だけだなんて・・・。

死者ゼロですよ!!

政府官邸、自治省、防衛省、全国市町村の防災担当部局、そして消防庁は、今回の火災の結末を原因究明なんかよりも、人的被害が極小に抑えられた理由を究明すべきです。

この奇跡の陰には何かが隠されているはずです。

もしかしたら、糸魚川市役所の中に、とてつもない予測知識を持ったリスクマネジメントのプロフェッショナルがいるのかもしれないし、消防組織の動き方を指揮する側にも優れたマニュアルが存在するのかも。

偶然と奇跡だけでは語れない理由があるはずです。

2019 11/13 08:20:01 | none | Comment(0)
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世耕弘成経済産業大臣Twitterより 20180907 21時33分

電力の今後について説明します。
発電所の復旧作業、自家発電の稼働等あらゆる努力を積み重ねた結果、明日中には最大360万kWの電力を確保し、北海道全域ほぼ295万戸への通電開始が出来る見込みとなりました。

しかし道内需要実績で直近最大380万であること。週明けは需要上振れすること、老朽火力の故障の可能性を考えると、再度受給バランスが崩れて大規模停電発生のリスクもあります。こういう事態回避のため、最大1割の節電が必須です。

経産省と北海道電力は道内最大の苫東厚真火力の完全復旧に努めるますが、道民の皆様にも徹底した節電に協力いただくことで、全ての道民に電気が行き渡るようにしたいと考えます。

一方、万一の事態も想定し、関係者と周到に準備した計画停電等あらゆる手段の準備も進めてまいります。このことで、万一のことがあっても、昨日のような全停電を防ぎたいと思います。

しかし計画停電は絶対回避したいと強く思いますので、経産省も電力供給力の積み上げに全力投球しますし、道民の皆様にも徹底した節電をお願いします。

具体的には照明を間引く、使わない機器はコンセントを抜く、広告や遊興施設のネオンなど復旧に関係のない電気の使用は控えるといったことをお願いします。

北海道民の皆様、企業、北海道電力、政府が力を合わせて、計画停電とならないよう、この状況を乗り越えたいと思います。どうかご協力よろしくお願い申し上げます。
2019 11/13 08:18:18 | none | Comment(0)
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白く大きなラーメンどんぶりが中華皿に載ってでてくる。中華皿にもあふれ出たスープが湯気を立てている。
白菜、ピーマン、ニンジン、タマネギ、もやしなどの炒め野菜がラーメンスープの上に山のように盛られ、麺自体は見えていない。炒め野菜を食べ進めるとようやく麺が顔を出す。
程よく炒められた野菜にもしっかりとスープで味付けされているので、ほどよい食感とともにどんどん食べ進められる。チャーシューは脂身がほとんどない赤身肉の厚めのものが2枚。しっかりした歯ごたえである。
最近、大女将の姿が見えないという情報がありますが・・・どうなさったかな?北海道札幌市南区石山2条9丁目1-1
2019 11/13 08:07:40 | none | Comment(0)
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彼が青森発函館往き青函連絡船摩周丸から津軽海峡で投身してから45年が過ぎた。
もう誰もが忘れ去ってしまった。そんな年月だ。
あのころまだ若かった私も齢、70を越えた。
哀しみを載せながら運行されていた青函連絡船はとうの昔に廃止されて、青森港と函館港に2隻が記念館として残されているのみだ。青函トンネルが運用開始されてからはや30年、今や新幹線が北海道との道すじになっている。
彼の面影はおろか、私さえその存在が消えかかっているこの晩年に、今一度、彼のことを振り返ってみたい。

彼は、五所川原市のリンゴ農家の二男坊だった。私とは高校が一緒で、ギターにのめりこみ、フォークデュオを組んで一緒に歌った仲だ。彼には兄がいるわけで、家督を継ぐ必要はないので、好きなことをやれるんだと、豪語していた。
私の父は国鉄職員で、私は長男だったが、継がねばならないなにものも持ち合わせてはいなかったので、彼以上に自由だった。
秋の収穫期には、彼の実家でリンゴ収穫作業のアルバイトをした。リンゴの収穫時期はとてつもなく短い。短期間で収穫されたリンゴはもみ殻で隙間を埋めて木箱に詰められ、専用の倉庫で大切に保管され、場合によっては越年する。都会の消費者が春でも美味しいリンゴにありつけるのはそうしたリンゴ農家の努力のおかげである。私はといえば、友人宅の稼業でストレスのないアルバイトにありつけ、新しいギターを買うための資金を作れるのだから願ったりかなったりだった。

高校を卒業し、私も彼も、示し合わせたように仙台の大学へ進学した。そしてまた、フォークとギターにのめりこんだ青春を謳歌していた。
だが、その年の秋、青森県を強風を伴った台風が襲い、彼の実家の農場では、収穫目前のリンゴが全滅した。彼の兄は前年から代を引き継ぎ、大規模な設備投資をしていたが無理な借金のせいで、彼の生家は破産の憂き目にあう。結果、兄は重責を背負いきれず、農園のリンゴの老木で首を吊った。
大学2回生進級を目前に、彼は大学のキャンパスを去っていった。

実家に戻った彼は、家と農園の再興に奔走したらしい。
ただ、私からの電話や手紙には一度も応えてくれなかった。
数年後、大学を卒業し、就職した私に悲しい知らせが届いた。
どうやら、彼が連絡船から投身し、自死したようだと・・・。
農園の再興に尽力した彼をそこまで追い込んだのは、近隣の別の農家を発生源とする病害虫によるリンゴの出荷停止と、農協の融資中断、そしてそれを悲観した恋人との離別だったらしい。結婚を約束した恋人は彼を見限って、他の男性のもとへ嫁いでしまった。

絶望した彼に、未来が見えることはなかった。
彼を救うことができなかったわたしには、その時の哀しみがまとわりついて離れない。

そして、こんなにも時は経ってしまった。

あの時と同じ進路で台風が近づいている。
あんな悲劇はもう嫌だ。

根田成一様、これをお読みになられたら、ご一報くださいますようお願い申し上げます。
2019 11/13 08:06:34 | none | Comment(0)
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超大型で非常に勢力の強い台風が日本列島に近づいていた。
ニュースが流す気象予想図を見て男はほくそ笑んだ。
 はるか南方の太平洋上で発生したそれは、日本に近づきながらどんどん勢力を増していた。現在、910hpaで、中心付近では50mの風が吹いているらしい。
「このままくれば、関西と中京、直撃だな。」
テレビ画面を見つめながら男はつぶやいた。
「何人死ぬかな・・・」
男の目に光はない。よどみかけた哀しい目。
「みーんな、死んじまえ!!」
今、男はありったけの憎しみの念を近づきつつある台風に向かってぶつけようとしている。


 男は、この夏、10年余り続けてきた商売を廃業した。
無職となり、すべきことも見つからず、もんもんとした日々を送っている。
齢、五十を数えた男を雇い入れてくれるような所はなく、生活にも窮している。自分に何かできることはと考えて、コールセンターのアルバイトを探した。応募の申し出をしてもことごとく断られた。
 商いで稼いだ幾ばくかの貯金も、取引先への支払いと負債の返済で消えた。
様々な弊害で自己破産すらかなわなかった。
 月額にして90000円ほどの障害年金を受給しているので、そう簡単に生活保護の相談にも行くことができない。
数年前に死去した父親が残した生家は残っているので当面、住む場所には困らないが、いずれ、固定資産税の支払いにさえ窮するのは明白である。不動産を売却しようにも、家の周りは売家と空き地だらけの限界集落のような場所柄、そう簡単ではない。たぶん、家屋解体と整地の費用が売却額を上回るのではないだろうか。


数週間前、西日本各地に線状降水帯がもたらした異常気象で、大きな町が水没するような災害が発生し、数百名の方が亡くなるといういたましい事件があった。
男はこの出来事を目にした時、俺の街がこうなればいいのに…、と思った。
「みんな死んじまえばいいんだ。俺もそうやって死にたいよ!!」本心からこう叫んだのである。
そして、洪水被害にあえぐ人々を見て、底知れぬ快感を覚えたのである。


ここまで読んでくれたあなたは、たぶん、底知れぬ怒りをこの男に覚えたであろう。
それは正常な感覚である。
しかし、この男のこうした葛藤や感覚もまた、人の感性としては正常なのだ。


怒りは狂気にさえ変わる。しかしある環境に置かれれば、その怒りが快感に変わり昇華されるものなのかもしれない。


 この男、42歳の時に半身まひになった。高血圧が起因する脳出血の後遺症だった。
 病院では開頭手術を受け、3か月もの間ICU(集中治療室)で死線をさまよった。黄泉の国の入り口さえ、その時見てきたらしい。
右手が全く動かず、歩行も困難だったが、懸命のリハビリで2足での歩行は右足を引きづりながらだが、何とかできるようになる。
左手はほぼ不自由なく動いたので、箸を持つ手を左に変え、文字も何とか書ける、パソコンは左手だけでキーを操れるようにもなった。
見えない力に生かされたことに気付いた男は果敢に様々なことに挑戦した。
自分には、生きて何かを成し遂げなければならない使命がある、それに向かって努力しようと・・・。


そして10年以上の努力を重ねてきた。その間には、東北の大震災や熊本の大地震もあった。
体が不自由なので、作業ボランティアなどには応募できない、その分、なけなしの金銭で被災者を応援したりもした。
神仏に災害や戦争のない平和な国土を問い、祈りをささげても来た。男は十分すぎるほどに善良な一市民として生きてきたのだ。


 その男をある日、思いもかけなかった災難が襲った。
突如、脳疾患再発が彼を襲ったのである。
脳血管障害の再発は、場合によっては、死や再起不能をもたらす危険性がよほど高い。
前回の脳出血は、左脳で起きた。なので、右マヒとなった。
救急車で脳外科へ運ばれた男に告げられたのは、全身まひをももたらしかねない右脳での脳梗塞だったのである。


 幸いにも今回は、軽い症状で済んだ。体に麻痺は残らなかった。
だが、医師の、「無理するとまた、再発する。」という忠告とそれへの不安が男のすべてを変えてしまったのである。


 男は、仕事のため、早朝4時ころには起床し、パソコンに向かう生活が続いていた。
しかし、今回の発症後は、疲れやすくなってしまい、ときどき、発作にも似た気が遠くなるような感覚を覚えるようになっていた。仕事上での記憶違いなどによるミスも多く、お客様にご迷惑をおかけするということも増えた。
これ以上は、事業を続けられない、と判断させるのに、そう時間はかからなかった。
男は事業を廃止した。
何も残らなかった。およそ10年間続けた努力は無力に変わった。
商売をたたむにも、事業を開始するとき以上のエネルギーがいるが、協力や手伝いをしてくれる友人も利害関係者もなかった。みんな、去ってしまったのである。


 文字通り一人きりになってしまった男は苦悩する。
ウツになりかけていることに気付き、それに気づいているうちは、自分は大丈夫だと自分自身に言い聞かせる毎日が続いている。そして慢性的な不眠症状態。日が暮れると眠くなり、眠りに落ちても2時間くらいで目が覚めて、そのあとは朝まで覚醒状態が続く。日が昇ると暑くて寝られない。病院からの処方薬のおかげで、のどが渇く、尿の量が多い。排尿すら煩わしい。
 そんな不快なひきこもり生活が、社会全体への怒りとなって感情をむき出しにするのだ。その怒りは哀しみにも似ている。あきらめの観念と、こんなもので終わってたまるか、というような男が持つ本来の感性が音を立ててぶつかり合う。そして、哀しみのほうが勝ってしまった時、男の狂気が出現するのだ。


 この男の存在を知って、異常性を感じているあなた様、これはたった一片の現象に過ぎません。こうした現象は、この国中に蔓延っています。自分自身がそうならないよう、起こりうるすべての異常な事象による犠牲者にならぬよう、心より望みます。


 巨大で非常に強い台風が日本列島に近づいています・・・。

どうかお気を付けください。
2019 11/13 08:05:26 | none | Comment(0)
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その夜、私は友人の車に同乗し、深夜のドライブを楽しんでいました。
4WDの新車は快適で、男ばかり5人で会話を楽しみながら郊外へと車を走らせたのです。
運転するのは私より1歳年下の職場の後輩で、後部座席にはやはり同じ職場の同僚が3名、私は助手席に座っていました。
後部座席の誰かが、「肝試しに行こうぜ」と言い出し、他のみなも同調、市街地から山道を入った通称「隠れキリシタンの墓」に行くことになりました。
隠れキリシタンの墓は、地元の若者たちにそう呼ばれているだけで、実際の歴史背景や成り立ちは誰も知りません。
ただ、山奥に開けた丘の上に無数の十字架の墓標がある場所で、肝試しのメッカになっていました。

私と運転手の同僚は初めて行く場所でした。
後部からの指示に従い、車は快調に山道を登っていきます。
夏の終わりの夜道には涼やかな風が吹き、気持ちの良いドライブでした。
やがて、目的地に着いたらしく、道に詳しい同乗者から「そこ、左に曲がって!」と声がかかりました。
車のヘッドライトが墓所全体を照らしました。白い大きな十字架が目に入った瞬間でした。
乗っていた車が窪みにドスンと落ちた感じがして、車輪が空転し、前に進まなくなってしまったのです。
そして、フロントガラスの前を一瞬、白い靄のようなものが左から右へと全景を遮るように流れていきました。
私は運転する後輩に、一言、「バックして戻ろう」と声を掛けました。
ギアをリバースに入れると、スリップすることもなく車はスムーズに元来た道を戻れたのです。
何気なく後輩に尋ねてみました。「何かみえなかった?」
彼が答えました。「見えました。白い着物の裾みたいなのが前を横切りました。」
それからは無言で山道を下ったのですが、後部座席の3人は何も気づかなかったらしく、なんで戻ったんだ?とか、びびりやがって!!とか口々に勝手なことを言っています。
だけど、私は思うんです。あれは、ここから奥へ進むなという墓所を守る精霊からの警告だったのではないだろうかと。
30年も前の話ですが、あの時、その警告を無視して奥へ進んでいたなら、どうなっていたかと思うと、本当に肝が冷えるんです。
2019 11/13 08:03:52 | none | Comment(0)
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100円ちょうだい、うちにかえりたいの
100円ちょうだい、だれでもいいから
ここはポールタウン、地下街なのよ
100円あれば、地下鉄に乗れるわ、

100円ちょうだい、恵んでちょうだい
そうすればあたし、切符が買えるの
帰れないあたしに100円ちょうだい
あたし帰りたいの あたしの家に

あなたには無理ね 家が清田だもの
私は帰れるの 100円あれば
だからちょうだい、100円ちょうだい
お願いだから100円ちょうだい


20180621 PM11:00

札幌ポールタウンにて作詞
2019 11/13 08:01:58 | none | Comment(0)
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災害時のマナー 被災者の本音。

罹災中の安否確認電話は、実は、迷惑を超越して暴力です。

遠方の親族、友人から、ひっきりなしに、電話、メール、SNSメールがきます。
心配していただいて、ありがたくもあるのですが、実は、大変なストレスです。
こちら側が停電でもしていれば、電話機の充電ができずにいる場合があります。
1件ずつ対応すれば、あっという間に電池が切れます。当の本人は、必要な情報を得るための手段を失うばかりか、緊急時の通報手段を失うことになります。

皆さま、どうか、想像力をもって優しさを表現なさってくださいね。
本当にご心配いただけるなら、ガソリンと食料と水を車に積んで、逢いに来てください。
それができないなら、どうかほっといて。
何もしてあげられないけどとりあえず電話だけってのは、あなたの自己満足実現に他ならないのです。
2019 11/13 07:57:33 | none | Comment(0)
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私がタクシー運転手をしていた時の話です。
深夜の繁華街からお客様を郊外のお宅までお乗せした時のことです。
幹線道路をはずれ、近道の農道に入り走行していました。
雨上がりの夜道は濡れていて、滑りやすいので、気をつけて走っていました。
農道は、灌漑用水を流す河川沿いを走る暗い夜道で、対向車が来れば、すれ違うにも苦労する田舎道です。
ただ、お客様のご要望でしたので、いたしかたなくコース選定せざるを得なかったのです。
三叉路に突き当たりました。右に曲がれば道路際の河川にかかる橋を渡り、N町方向へ、左折すればO町方向へと進みます。
お客様のお宅は、O町方向ですので、一時停止の標識に従って左折の合図をしまして、ふと、橋の下方向に目をやったんです。
すると、川に向かって雑草をなぎ倒すような2本のタイヤ痕が見えました。
もしやと思い川の中へ目を向けましたが、暗くて何も見えない。
でも、ここはとても浅い川です。
もしも事故があっても、大事故にはならない。
昼間の出来事の跡だろうとたかをくくりました。
そして私は、乗車されているお客様のこともあり、O町方向へと車を進めたのでした。
週末の深夜だということもあり、その夜はとても忙しく、この出来事はすっかり忘れました。
翌朝、夜勤明けの私は疲れ果て、帰宅後、すぐに眠りに落ちたのです。
昼頃だったでしょうか。私は夢にうなされて目覚めました。
夢の光景は、昨夜の橋のたもと、タイヤ痕が雑草をなぎ倒していたあの場所のものでした。
雑草の生した河原に、若い男性がずぶぬれで立ちすくんでいます。そこを私が何度も何度も車で通過するという夢でした。
目が覚めた私は、胸騒ぎに襲われ、警察に電話したのです。
昨夜見た光景について調べてほしいと・・・。
夕刻、管轄する警察から電話があり、聴取したいことがあるから来てほしいと言われました。
胸騒ぎは現実となりました。
橋の下で、ひっくり返った自動車が水没していて、運転者の若者が亡くなっていました。
私が浅いからとたかをくくったその川は、前日からの雨で増水していたのです。
そして、警察官から、私が通報するまで、だれも気付かなかったのだということを聞いた私は、嗚咽するほかありませんでした。
あの時、あの夜にもう少し注意深く私が見てあげたら、彼は助かったかもしれない・・・。
その後の調査で、私が現場を通ったのは午前1時ころで、彼の車が水没したのは車内の時計の針から、午後9時半ころだと判明しました。
警察官の方は、時差が4時間もあるので、その時に発見していても無理だったろうと言って慰めてくれましたが、後悔の念は尽きません。
夢に出てきた若者の寂しげな顔が今でも忘れられないのです。



2018 08/25 16:06:16 | none | Comment(0)
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FBのある投稿で教えられました。

ねぶた祭りの話です。
跳人(ハネト)と言われる人々は、跳ねているのではなく地面を踏んで死者がこの世に戻ってこないようにしているのです。掛け声の「ラッセラー ラッセラー」は「来世だ 来世だ」の意味です。
2017 02/17 21:06:54 | none | Comment(0)
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