聖教新聞「きょうの発心」から
 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる(妙一尼御前御消息、一二五三ページ・編七一五ページ)
 *通解
 法華経を信ずる人は冬のようなものである。冬は必ず春となる。
1996年1月29日付
2006 01/29 12:11:42 | きょうの発心
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 このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候(妙心尼御前御返事、一四八〇ページ・編一一二九ページ)
 *通解
 この病は仏のお計らいであろうか。その理由は、浄名経・涅槃経には病のある人は仏になると説かれている。
1996年1月27日付
2006 01/27 12:12:47 | きょうの発心
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 一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文・あに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
 *通解
 一切衆生にとって、南無妙法蓮華経と唱える以外に遊楽はない。経(法華経寿量品)には「衆生が遊楽する所」とある。この文は法楽を自ら受けるということをいっているのである。
1996年1月26日付
2006 01/26 12:36:54 | きょうの発心
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 命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり(可延定業書、九八六ページ・編一一七五ページ)
 *通解
 命というものは我が身第一の珍宝である。一日でも寿命を延ばすならば千万両の金にも勝る。
1996年1月25日付
2006 01/25 12:17:47 | きょうの発心
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 但し妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらずそ法なり(一生成仏抄、三八三ページ・編二一ページ)
 *通解
 ただし妙法蓮華経と唱え、受持するといっても、もし自身の心の外に法があると思うならば、それは全く妙法ではなく、劣った粗雑な法である。
1996年1月24日付
2006 01/24 12:21:16 | きょうの発心
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 妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり(法華経題目抄、九四七ページ・編三〇二ページ)
*通解
 妙とは蘇生という意味である。蘇生とは蘇るということである。
1996年1月23日付
2006 01/23 12:17:07 | きょうの発心
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 願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科を顕せ・師子は値いがたかるべし(閻浮提中御書、一五八九ページ・編一四六七ページ)
 *通解
 願わくは日蓮の弟子等は師子王の子となって、群狐に笑われることがあってはならない。過去遠遠劫以来の日蓮のように、身命を捨てて強敵の過ちを顕しなさい。師子は値い難いのである。
1996年1月22日付
2006 01/22 12:29:56 | きょうの発心
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 悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取って善心を破るといふ事なり(唱法華題目抄、七ページ・編一四四ページ)
 *通解
 悪知識というのは、甘い言葉で語りかけ、いつわり、こび、言葉巧みに、愚かな人の心を取って、善心を破るということである。
1994年1月21日付
2006 01/21 12:46:44 | きょうの発心
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 大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈祷抄、一三五一ページ・編五一九ページ)
 *通解
 大地をさして外れることがあっても、大空をつないで結ぶ者があっても、また、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りが叶わないことは絶対にない。
1996年1月20日付
2006 01/20 12:36:23 | きょうの発心
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 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
 *通解
 苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ、自受法楽ではないか。
1996年1月19日付
2006 01/19 12:41:01 | きょうの発心
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