行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る(兄弟抄、一〇八七ページ・編六八八ページ)
此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事、一一二四ページ・編五六九ページ)
法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる(妙一尼御前御消息、一二五三ページ・編七一五ページ)
このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候(妙心尼御前御返事、一四八〇ページ・編一一二九ページ)
一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文・あに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり(可延定業書、九八六ページ・編一一七五ページ)
但し妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらずそ法なり(一生成仏抄、三八三ページ・編二一ページ)
妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり(法華経題目抄、九四七ページ・編三〇二ページ)
願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科を顕せ・師子は値いがたかるべし(閻浮提中御書、一五八九ページ・編一四六七ページ)
悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取って善心を破るといふ事なり(唱法華題目抄、七ページ・編一四四ページ)
大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈祷抄、一三五一ページ・編五一九ページ)
苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門これなり(上野殿後家尼御返事、一五〇四ページ・編六一五ページ)
ただ世間の留難来るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず(四条金吾殿御返事、一一四三ページ・編八八〇ページ)
言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり(三世諸仏総勘文教相廃立、五六三ページ・編一二二六ページ)
御いのりの叶い候はざらんは弓のつよくしてつるよはく・太刀つるぎにて・つかう人の臆病なるやうにて候べし(王舎城事、一一三八ページ・編六七七ページ)
但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又違恨無し諸の悪人は又善知識なり(富木殿御返事、九六二ページ・編四七七ページ)
聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり(上野殿御返事、一五四四ページ・編一〇八三ページ)
蒼蝿驥尾に附して万里を渡り碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ(立正安国論、二六ページ・編一六三ページ)
設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし(兄弟抄、一〇八八ページ・編六八九ページ)
あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき(経王殿御返事、一一二四ページ・編五六九ページ)
日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし(辧殿尼御前御書、一二二四ページ・編五七一ページ)
しをのひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし(兵衛志殿御返事、一〇九一ページ・編八一一ページ)
悪は多けれども一善にかつ事なし、譬へば多くの火あつまれども一水にはきゑぬ、此の一門も又かくのごとし(異体同心事、一四六三ページ・編七九二ページ)
今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は与如来共宿の者なり、傅大士の釈に云く「朝朝・仏と共に起き夕夕仏と共に臥し時時に成道し時時に顕本す」と(御義口伝、七三七ページ・編一五八三ページ)