公安警察は僕をアルカイダテロリストや北朝鮮のスパイに仕立て上げ、その結果行ってきた様々な不当行為を正当化するためにあらゆる手段を使って僕を要注意人物にし続けています。そして自衛隊も自衛隊機で毎日のように脅迫行為を行っています。このブログではそれらの行為について書いています。また拉致報道減少の理由もこのブログでわかります。
前回の続きになります。

話が複雑で自分の頭の中ではわかっているのですが文章にするのが難しいのです。
わかりづらいかと思いますが僕が書きたいことのニュアンスはなんとなく伝わると思います。


先日5日と6日に米朝と日朝の作業部会がありました。

それと5日はもう一つ大きなことがあったことを知っているでしょうか。
北朝鮮のテレビで、わざと国籍を明かさずに外国人のスパイが北の軍事施設を撮影していたり、北の人間を本国へ連れて行こうとしていたと報じたそうです。
そしてその撮影機材をアップで写しましたが、日本のメーカーのロゴが大きく写っていました。

米朝、日朝作業部会の最中に国籍をわざと明かさずスパイが逮捕されたと報道するなんて、これはスパイが日本人かアメリカ人どちらかだと言っているようなものです。
この放送を日本で放送したテレビでも解説者が同じことを言っていました。


それと実は6日から、家の前の車での監視(5月20日の記事を参照してください)が完全にいなくなったのです。
その日は台風が来ていましたが昼過ぎまで大して風も雨もありませんでした。
しかし僕の家や周りの家の人の出入りがあっても車が通過していくことはありませんでした。
それとその前日の5日から6日にかけて、4年ほど前に工事をしていた家の近くの数本の電柱でまたなにやら工事をしていました。

僕はその4年前の工事は監視カメラを取り付ける工事で5日と6日の工事はカメラを取りはずす工事だったと思っています。

なぜそんなことがわかるかというと、家の前の道路とは家の東側にあるのです。そして僕の家の西側にある家で出入りがあるとその道路を必ず車が通過していくのです。しかしその道路からは西側にある家は完全に見えないのです。
つまり工事を行った電柱にカメラでも仕掛けない限りその家の出入りがわからないのです。
車がいなくなった日と電柱の工事の日が重なったことを考えるとあれが監視カメラの工事だったと考えてもおかしくないと思います。

つまりこれらはどういうことかというと、僕の家の周りの監視を完全に止めたということです。


この監視行為は元々警察自身がストーリーを造ってスパイ事件に仕立て上げてはじめたのですから、はじめから無理があったわけです。
その上7月1日の記事でも書きましたが、このブログをホンダエアポートの人も見ています。
つまり地元の人が全ての事実を知ってしまったということです。
それ以来警察は桶川で僕に対する監視活動がまともに出来なくなっているはずです。

警察は追い込まれていて出来る事なら一刻も早く桶川から撤退したかったはずです。

そして実際に6日に完全に撤退した。

その撤退を開始した日と、北でスパイが捕まったと報道された日が同じ日です。
日本で6年もスパイ扱いされている人間の監視の終わりと、北で日本のスパイが捕まった日が同じ日というなは僕には偶然とは思えません。
どちらもスパイということでつながります。

僕はこれをこういうことだと思っています。

警察は今更ただで撤退したら僕への今までの行為がただの犯罪行為になってしまう。
そして地元の人や警察内部からも今までのことを告発される恐れがあるわけです。
そこで告発などをされないために撤退する前に僕を完全にスパイということにするための理由が必要になるわけです


ぼくがスパイということになれば今まで僕にやってきたでっち上げや脅迫などの不当行為は恐らく全て許されてしまうでしょうから。

そこでこの北のスパイ報道がかかわってくると思っています。


これは僕をスパイに完全に仕立て上げるために日本とアメリカと北朝鮮との取引ででっち上げられた事件だと思います。

前回の記事で書きましたが、アメリカはイラク戦争協力の見返りに日本の嘘に騙されて北に制裁(バンコデルタ銀行凍結)を加えました。しかし後で嘘がわかって制裁を慌てて取り消した。

しかしアメリカは制裁を取り消すだけでは済まないのです。
それ以前にイラク戦争の引き金になった大量破壊兵器の情報が嘘だったという大失態をおかしているからです。
この時点で政府は大打撃を受けたのに今度は北への本当の制裁理由までもが嘘だとばれたらとんでもないことになるからです。

ここでアメリカもなんとしてでも僕が北のスパイでないとならない状況に追い込まれたのです。
これで立場が日本で僕をスパイに仕立て上げてきた人間たちと同じになったわけです。

そして先日の米朝、日朝作業部会の初日に、僕を北のスパイに仕立て上げる行為が行われたのです。

これはこういうことです。

日米でなんらかの見返りをするから北はテレビで日本かアメリカのスパイが捕まったような放送をしてくれ。

そして作業部会で

{ 「我々は北朝鮮国内でどちらかの国のスパイを捕まえた。だからどちらの国も自国にいる北のスパイに対する捜査を止めろ。止めなければ北で逮捕したスパイの国籍をばらすぞ。」

というようなことを言った事にしてくれ。 }

という取引を北としたのではないでしょうか。

こうすれば警察は警察が今まで僕をスパイだと信じ込ませてきた人間たちや、逆に警察に不信を抱いている人に「あの北の放送をみましたか。実は本当に日本のスパイが北へ潜入していたんですよ」とはっきりと告げるか、あるいはほのめかしたりして、「だから警察は僕への捜査を止めざるをえなくなり、やむなく桶川から撤退したんだ。」
というストーリーを造れるのです。

こうすれば僕がスパイである証拠が何一つなくても、事件として立件しなくても、僕を逮捕しなくてもスパイに仕立て上げることが出来るのです。
なにしろ北自身が僕をスパイだと認めることになるのですから。

しかも日本人のスパイがいたとなればそれを表に出すことはタブーということになるわけですから、その話を聞かされたほうも表には出せず、隠密のまま僕がスパイであることを信じ込ませることが出来るのです。

そして一般の人からはあの放送を見ても表向きは日本かアメリカどちらのスパイかはわからないのです。

あまりにも日本とアメリカにとってうまく出来すぎた話です。



どうですかこれでうまく撤退する理由が出来たと思いませんか。


日本で僕をスパイと仕立て上げてきた人間が追い込まれているときにその人間たちにとってこんなに都合のいい撤退理由がこんなにいいタイミングで出てくるなんて。
確実に北と取引をしてでっち上げさせた事件です。

ここまで書いてしまうと呼んでいる人にとっては逆に嘘っぽく見えるかもしれませんが、普通の人ではあり得ないような僕が今まで受けてきたことを考えればこういうことがあってもおかしくは無いと思います。





ここでその見返りについてですが、僕が見返りとして思いつくのは拉致事件です。
これから頻繁に作業部会を開くような約束をしたようですが、恐らく形だけの作業部会になるのではないでしょうか。
日本は表向き北へ厳しく出ているように見せて、実際には中身の無い会談を行うということが考えられます。

日朝作業部会を終えた時の北の大使の上機嫌振りをみると、確実に北に有利な取引があったはずです。

これが今回の北のスパイ報道の真相だと思っています。


さらにこの記事の続きがあります。
また書きます。

2007 09/13 18:17:49 | 人権侵害 | Comment(0)
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