通説にとらわれない新しい歴史解釈
 ホイットニーは自分のヒューマニズムを日本国憲法の中に具現したいと思ったようである。
それが現日本国憲法の第九十七条の条文として残っている。
第九十七条「此の憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」ーこれはホイットニーの作成したものでその原文の和訳は「此ノ憲法ノ日本国民ニ保障スル基本的人権ハ、人類ノ多年ニ亘る自由獲得ノ努力ノ成果ニシテ、此等ノ権利ハ過去幾多ノ試練ニ堪ヘ、現在及将来ノ国民ニ対シ永遠ニ神聖不可侵ノモノトシテ賦与セラル」で多少表現が異なっている箇所もあるが、実質的に同じ内容といえるだろう。
(参照文献 占領史録 第三巻 憲法制定経過 講談社)
 
 GHQ側は日本国憲法草案作成にあたってかなり日本側に配慮をしたことが窺える。例えば第十条の「日本国民たる要件は法律でこれを定める」などの重要な規定は大日本帝国憲法の第十八条「日本臣民タルノ要件ハ法律の定ムル所ニ依ル」をそのまま流用している。「臣民」が「国民」になっただけである。
 天皇の詔勅も否定されていないことは第九十八条の「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」で明らかである。

 終戦間もない1945年当時、日本と交戦した国々の世論は当然厳しいものがあった。ギャラップ調査によると米国では天皇を処刑せよという意見が33パーセント、終身禁固11パーセント、流刑は9パーセントを占めていた。
しかし米国政府は世論に抗する形で天皇制を存続させた。農地改革も実施して小作人に農地を開放した。残虐な拷問を行うことで知られていた特高警察も廃止した。
婦人参政権も実施したし言論の自由は大幅に回復された。スターリンが北海道を占領しようとした時も峻拒し、直ちに北海道各地に米軍を派遣して、ソ連軍の侵入を牽制した。

 米国が戦争中に国際法を無視した無差別爆撃により多くの無辜の民間人を殺戮したり戦後も自分たちのやったことを棚に上げて多くの日本軍将兵を戦争犯罪の名の下に処罰したことは事実であるが、それでも私は米国主導のもとに行われた日本民主化の功績は正当に評価するべきであると思うのである。それが公正な歴史の見方というものであろう。

 改憲論者は特に憲法前文の「われ等は平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの生存を確保しようと決意した」の部分が特に気に入らないようであるが、これは今日の日本の姿そのものではないか。これは別の言葉に言い換えれば今日、日本は国際的に孤立していては生存できないということである。これはあまりにも明白な現実である、すなわち、軍事的には米国に依存せざるを得ず、エネルギー面でも他国に依存しなくては経済的に破綻することは明らかである。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して生存」しているのが偽りの無い実態ではないだろうか。

 日露戦争だって戦費調達のための外債を引き受けてくれた金融家や日英同盟に基づいて日本攻撃に向かう途上のロシアのバルチック艦隊に石炭の供給をしなかった英国、軍艦を日本に譲ってくれたアルゼンチン等の行為がなかったら勝利は覚束なかったのではないか。勝ったといってもやっと満州からロシア軍を追い払ったに過ぎず、ロシア本土には一歩も踏み込んだわけではないのだから。


2011 04/17 08:29:45 | none | Comment(0)
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