通説にとらわれない新しい歴史解釈

2009年 08月 の記事 (2件)

 日本側が最後通牒と受け取った強硬な内容のハルノートによって日本は米国との開戦を余儀なくされたが、このハルノートの草案の作成者は戦後ソ連のスパイとして摘発され疑惑の渦中に急死した、財務次官補ハリー・デクスター・ホワイトであった。
 そしてルーズベルト大統領のことも当時米国内において、共産主義者であると一部で評されていたそうである。(「ある科学者の戦中日記」P28)
 そうすると、日中の衝突から日英同盟の消滅、国際連盟からの脱退、三国同盟の締結、2.26事件の結果としての皇道派の敗退等一連の破滅への道程は主としてソ連の共産主義者によって巧妙に作成されたシナリオだったのではないかという仮説も成立するのではないだろうか。
226事件の際に青年将校達が担ごうとした真崎大将は「統制派は赤だ。統制派は赤の手先に踊らされていたのだ」と戦争中東部憲兵隊司令官大谷敬二郎大佐に語ったという。(昭和維新 田々宮英太郎 サイマル出版会)
 北一輝は財閥の三井から盆と暮に一万円づつ貰っていたそうである。当時の一万円といったら今日の二千万円に相当する巨額である。北一輝が2・26事件に連座して処刑されたのに、その北に巨額の資金援助をした三井の関係者が不問にされたのは奇妙なことと言わねばならない。

「部下入営兵らの家庭がいかに貧困窮乏の状況を呈しているか、一方、満州事変当時発生した”島徳事件”のごとく自己の利益追求のために敵に重要物資を売り、それが敵の陣地構築に利用されて、満州の広野に転戦した第二師団の将兵の多数の戦死・戦傷の被害を出した。事変・戦争により利益を得るのは一部特権階級と財閥・悪徳業者・軍中央の一部幕僚のみである。国民生活安定のもとに国防を充実するのでなければ国家の安泰は確保できない。そのためには君側にあって民生の安定を度外視し、自己の利益追求にのみ狂奔する重臣・財閥・軍幕僚・新官僚を打倒して、天皇親政を確立するのでなければ、日本帝国の将来はきわめて暗澹たるものである・・・・・」(村中孝次ー銃殺刑)「特設軍法会議傍聴の記」金子桂(当時陸軍憲兵伍長)「歴人と人物 昭和五十六年二月号 中央公論社」

 処刑された栗原安秀は「余万斛ノ怨ミを呑ミ、怒リを含ンデ倒レタリ、我カ魂魄コノ地に止マリテ悪鬼羅刹トナリ我敵を憑殺セント欲ス。陰雨至レバ或イハ鬼哭啾々トシテ陰火燃エン。コレ余の悪霊ナリ。余ハ断ジテ成仏セザルナリ・・・」と恨みを書き残した。

 今日、東京渋谷の青年将校達が処刑された現場を訪れると青年将校等2・26事件の殉難者の慰霊のための立派な観音像が建立されており、そこからは青年将校達の怨念を感ずることはできない。幕末に坂本竜馬等と共に国事に奔走した勤皇の志士の生き残り田中光顕伯爵は「自分が宮内大臣だったら死刑にしないよう陛下に減刑の意見を奉ったであろう。国家に大切な勤皇の士を死刑に処したのは遺憾である」と述懐した。(二・二六青春群像 須山幸雄著 芙蓉書房)
処刑された青年将校達の一生は普通に考えれば短かったが彼らは歴史において永遠の生命を得た。今もなお、故国を遠く離れた異境のジャングルや冷たい海底に白骨となって横たわっている彼らと同世代の無名戦士達とくらべればはるかに幸せといえるのではないだろうか。100年、200年後においてさえ、彼らの名が歴史から消えることはないだろう。以て瞑すべしというべきか。
2009 08/04 19:48:02 | none | Comment(0)
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 所詮、貧乏国の日本が米英やソ連などの大国に対抗して国防の備えをしなければならないという根本的な無理があったにもかかわらず、そうしなければならなかったところに当時の日本の宿命的悲劇があった。当時日本に滞在していたジャーナリストのフリーダ・アトリーは次のように日本を見ていた(「日本の粘土の足」 日本経済新聞社刊)

「日本のもっとも重要な輸出品は、原料である生糸で、農民の労働の産物である。それは半奢侈品で、ほとんどがその最大の競争相手であるアメリカ合衆国に向けて売られている。アメリカ合衆国から生糸の代金を得なければ、日本はその主要産業のために綿花を購入することもできないだろう。それのみならず、日本の全社会=経済構造が倒壊するだろう。それは、農民の大多数が養蚕から得られる副収入無しには生きてはいけないし、また、商人が生糸取引から得る利潤が、日本の資本蓄積の主要な源泉であるからである・・・実際の日本は半ば飢えた農民の国であり、この国の子供達は、一世紀前のイギリスのように長時間労働に苦しんでいる・・・その労働者は、団結権も自分達の利益を増進し中世的生活水準を改善するための政党を結成する権利も認められていない・・・監獄には囚人が詰め込まれ、証言を引き出すためにはアジア式の拷問が実行されている。平気で人を殺すギャングを警察が野放しにしており、根深く広い範囲の腐敗が国力を蝕み、その政治の世界を毒している。結局、巨富と赤貧の極端な対照の国であり、その社会は極度に緊張して革命は発酵している。
 実際の日本は、悲惨と不正、社会的憎しみ、復讐への情熱、異常な集団的興奮状態と排外的愛国主義が煮えたぎる大釜であり、地主と小作人、雇主と労働者、独占資本と中小工業家、男女、老若の間の衝突が絶えない国である・・・日本はすでに歳出の半分近くを軍事費に支出しており、残りの大部分は国債の利子に充てられている。日本は毎年、新規の国債を発行してますます拡大する財政赤字を埋めており、日本は実際に平和であった30年間(1905〜1935)に蓄えられた準備金をすでに使い果たしてしまった。これは、日本が征服から利益を引き出せぬうちに、日本国内の財政的・社会的崩壊に見舞われるかどうかの問題であり、西洋の金融勢力が暗黙のうちに支援する代わりに反対に回れば、日本は崩壊にいたるだろう」

 「『東京日々新聞』は次のように伝えている。『就学中の児童の身体的条件が国の将来を決定するであろう。児童の健康改善問題は、国防に関わる致命的問題である・・・』
この論説は続けて、年間の出生数は約210万人であるが、一歳から十四歳までの児童四十六万人が毎年多くは栄養失調のために死亡していると報じている。『東京日々新聞』は政府に対し膨大な(政府が処分できなかった)備蓄米を飢えた就学児童に食べさせるべきだと迫り、それ自身『危険思想』すれすれの怒りの爆発になっている。そのないようは次のようなものである。『多くの者が餓死の瀬戸際に立たされながら、他方では大量の米が買い手もつかずに浪費されている。社会のどこかがおかしいに決まっている』
 政府は文部省にわずかばかりの金額を与えて飢餓的状態にある児童に食べさせようとしたけれども、しかし、同時に、その備蓄米を売却することで米穀商人や地主に損害を与えるのを嫌がり、国内価格の三分の一の値段で海外にダンピングした。(前掲書)

 武藤山治(日本の実業家、政治家。鐘紡社長、時事新報社社長などを務めたが昭和九年鎌倉にて暗殺される)は次のように政財界を批判した「政治と経済、あるいは政界と財界が結託すれば、どんな悪いことでもできる。法律を逃れることによって、いかなる悪徳をやっても金儲けすればいいというふうな、風潮がある。五・一五事件が起きたのも、十月事件や三月事件が起きようとしたのも、結局、資本主義陣営みずからがその原因を与えてやったようなものだ。これを防ぐには、どうしても同じ資本主義陣営の中におる者が、お互いに牽制し批判し合って、いまのこの風潮をなくさなければならん。聞くところによると、番町会なる名のもとに財界の有力者たちが集まって、官界、政界と結託して悪徳な金もうけに狂奔しているという・・・」(語りつぐ昭和史 2 朝日新聞社)
 
2009 08/02 12:14:44 | none | Comment(0)
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