通説にとらわれない新しい歴史解釈
 日本側で作成した新憲法草案を全面的に否定されたばかりか、米側の作成した新憲法草案を突然突きつけられて呆然としている日本側代表団から白洲次郎は一人抜け出して太陽の光が燦々(さんさん)とふりそそぐ外務大臣官邸の庭で日本側が草案を読み終えるのを待っている米側一行に近づいて話しかけるとホイットニーは「おかまいなく、我々は原子力のエネルギーで暖をとっているところです。」と答えた。

 米側が原子爆弾を保有している有利さを示唆して威嚇するようなこの発言は暴言―控えめに言っても日本側の感情を著しく傷つける嫌味な表現であったとはいえるであろう。しかしながら、このホイットニー准将の発言は日本側代表団全員を前にして言ったことではなく、部屋の中に入りませんかという白洲の勧めに対する返事としてGHQ側にかなり嫌われていた白洲個人に対して発言されたものである。白洲が部屋の中へと誘わなかったら恐らくホイットニーの発言そのものもなかったであろう。あらかじめ用意していた言辞ではなかったことは間違いない。白洲次郎はGHQ側から嫌われていたので、ホイットニーもつい、嫌味をいってしまったというのが真相だろう。

 米側からみれば白洲次郎もしょせん守旧派の一人にすぎなかった。
白洲次郎がGHQ側も我々日本側も目指すところは同じであるが、性急な改革は日本に混乱を起こす恐れがあるという趣旨の手紙を出発点と目的地の間に幾つもの山が描かれ、目的地を目指すジープと飛行機の絵入りの手紙をホイットニー宛に送ったところ(ジープウェイレター)それに対するホイットニーの返事は以下のような説得力のあるものであった。
「日本の憲法の改革は、日本国民だけの関心事にとどまるものではなく、また日本国民と最高司令官の共通の関心事であるにすぎないものでもなく、連合国が日本に対する完全な支配を解除するためには、世界の世論が十分に満足されなければならないということを、理解していただかねばなりません。つまるところ、日本政府がこの問題に思い切った解決を与えるか、最高司令官が自ら措置をとるかしない限り、外部から日本に対して憲法が押しつけられる可能性がかなりあり、そうなった時の新しい憲法は、−あなたのお手紙では、十三日に私がお渡しした文書を「あまりにも急進的な」という言葉で形容しておられますがーそのような言葉でもこの憲法を言い表すことができないような厳しいものになり、お渡しした文書で最高司令官が保持できるよう取り計らっておられる伝統と機構さえも、洗い流してしまうようなものとなるでありましょう」
(参照文献 占領史録 第三巻 憲法制定経過 講談社)

 松本国務相を中心に作成された日本側の草案の内容は毎日新聞によってスクープされたが、大日本帝国憲法の焼き直しで新味が無く、国民の評判も芳しいものではなかった。2月にはGHQをコントロールするほどの権限を持つ連合国極東委員会が発足し、憲法問題に介入してくることは明らかであったため、それまでにどうしても新憲法を制定してしまう必要があった。
これが僅か1週間で草案を作成しなければならなかった理由である。だからといってやっつけ仕事でなかったことはその内容をみれば明らかである。

 よく改憲論者は米側が日本の憲法を作成したことは「占領地の法律を遵守する」ことを義務付けたハーグ条約に違反するものであると主張するが、実際のハーグ条約の条文は「やむをえない事情がある場合を除き」という但し書きがついているのである。
日本側で新時代に適応する内容の新憲法を作る能力が無かった、天皇制に批判的なソ連、中国、オーストラリア等の国が構成国に含まれる連合国極東委員会の発足が差し迫っていたーという当時の状況は、ハーグ条約で定められた「やむをえない事情」に相当するものであろう。



2011 04/19 19:18:57 | none | Comment(0)
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