通説にとらわれない新しい歴史解釈
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「一人殺せば、犯罪者になるが、数百万人殺せば英雄になる。戦争による大量殺人は崇高な行為とみなされるのだ」
“One murder makes a villain, millions a hero. Numbers sanctify.”

この言葉はチャップリン自身が自分の作品のなかで最高傑作と自負する「殺人狂時代」で金持ちの未亡人に近づいて次々に殺害し、その財産を奪う犯罪を重ねた主人公アンリ・ヴェルドゥが処刑台に向かう直前に残したセリフである。
その真意は個人の殺人も戦争による殺人も本質は同じであり、違うのは被害者の数の違いであり、個人的殺人は醜悪な犯罪とみなされるが、戦争による殺人は崇高な行為とみなされるという意味であろう。
全ての戦争がそうだとは言えないとしても、人道とか正義とか、もっともらしいことを言っているが、客観的に見ると実際は大規模な火付け強盗と火事場泥棒にしか見えない戦争があるのも現実ではないだろうか。誰でも自分の子供に「お父さんは本当は火付け強盗の親分なんだよ」とは言いたくないだろうし、自分でもそうは思いたくないだろうから、嘘も交えて色々と火付け強盗を正当化して正義と自由を守るための戦争のようにでっちあげる例は歴史上少なくないのではないだろうか。

外国のことばかり批判するのは不公平なので日本の実情はどうであったかというと、やはり、似たようなことはあったようである。二・二六事件の青年将校も「勲章を貰うための戦争などあってはならない」と批判したが、それを裏付けるエピソードが戦後、海軍の高官を中心としておこなわれた「海軍反省会」の記録のなかに見ることができる。

満州事変が勃発したとき司令官だった本庄繁が男爵の称号と金鵄勲章功一級を貰ったため、それにあやかろうとした軍人がいたことを示唆している。(金鵄勲章は年金が加算され、功一級は900円の年金がプラスされたー当時の大将の年収の半分以上)

大井篤元大佐―近衛文麿さんが終戦のときに天皇陛下に上奏したの。右翼は、国体の衣を着た左翼である、と、こう言っているんですね。それから、平沼騏一郎さんの回顧録、あれに語ったのを見ますと、これは昭和十八年ですよ。戦争の真っただ中に語っているのを見ると、コミンテルンは、転向させられてなかったんです。この頃はみんな転向させるという、大いに、そして転向しておいて、政府のところにとうとう入っていると。
それで、日米間の戦争をやらせるのも、片一方は、蒋介石とか何とかって戦争をやらせるんですよ、コミンテルンが。そして、日本の中で戦争に、英米とは戦争するように持っていくし、もう一つは、戦争が始まったら、戦争が終われんようにしていくんです・・・・・第5巻−P488

それで、とにかくそのとき満州であのことをやった連中は、司令官が男爵で、確か金鵄勲章功一級もらったと思いますが。
寺崎隆治元大佐―(そうですね。本庄繁さん。)
保科善四郎元中将―うん、そういうことをやっている。それで、天津軍の司令官、それを満州と同じことをやって、功名を立てたいという感じが非常に強いんですね。第5巻−P502

勲章を貰いたい司令官が一人で戦争をすればいいが、己の個人的野心のために多くの部下を死なせることになるのだから、これも一種の戦争犯罪といってよいだろう、欲に目がくらんで、本来の任務を忘却して大小の犯罪的行為に手を染めるということは企業社会でもそれほど珍しいことではないのではないか。企業で言えば部下を自殺させるほど追いつめて働かせる管理職のようなタイプの人間が軍隊の組織では、己の栄達のために平然と多くの部下を死地に追いやる指揮官になるのだろう。(ただし、本庄繁司令官は清廉潔白な人物でした)。  
2019 08/10 00:11:44 | none | Comment(0)
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