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頭が悪くなった。 それは歴然だ。
人の感情を読めなくなった。気遣えなくなった。
今日のやりとりを振り返ってみます。
兎さん:ほっかほか亭の近くに住んでいる。 羊さん:兎の家がほっかほか亭の近くだということは知っており、ほっかほか亭によくいくのかいかないのか、今晩は行こうと思っているという話をよくする。ほっかほか亭は好きな店の一つ。
という設定で、
兎さん:ほっかほか亭に行くと屈辱的な気持ちになります。 羊さん:じゃあもういくのやめます。
というやりとりが交わされました。 この答え方から、羊さんは兎さんをどのような立場とみなしているでしょうか。また、羊さんのどのような性格が浮かび上がってくるか、考察してみたいと思います。
考察? 自分にとって○○な人が、自分にとって好きな店(A店)のことを、A店に行くことは屈辱的だといったとすると、自分はどう思うだろうか。
A=コインランドリー とおく。
仮定? ○○=知り合い、後輩 この子はそう思ったかもしれないが、私にとって好きなものは好きだ。変わらない。
仮定? ○○=ライバル視している 自分もそのような気持ちになるだろうか、想像をめぐらす。どうしてそのような気持ちになったか相手の考えを聞く。
仮定? ○○=仲良し どうしてそのような気持ちになったか聞く、自分も同意できる点を見つけて、同意。
仮定? ○○=上司 自分も行かないでおこうと思う。
仮定? ○○=尊敬する人 屈辱感を感じた○○さんの、思考回路より、そう思った背景をさぐり、やはり、尊敬する。
私の思考回路的にいうと、私にとって尊敬する人,上司に対する対応を羊さんはとっているということになる。しかし、羊さんは、実は兎さんより身分が高い。人をからかうのが好きな人だ。しかし、ビジネスライクに対応ができる人でもある。そうした場合、羊さんは、
ア、ビジネスライクに、「いくの止めます。」と言ったのか。 →対応が丁寧な人、という人物像。
イ、つっぱねるように、すねたように、「いくのやめる〜」と言ったのか。 →可能性としては高い。 こちらの、「屈辱感」という点を、揶揄したり、からかいや、皮肉をこめて、気づかせようとしている。 →ねじまがった性格の人。複雑、深い深層心理をついてくる人。
屈辱的ということは、兎さんも、周りの人をそう見ているということですよね。その場所の周りの人のこと、どう思っているのか、と尋ねられました。 料理しない人。
男、女っていうのはあると思います。
私を屈辱的にさせる、人の集まり。 つまり、私のいるステージより、私が望んでいない、不甲斐ない状況にさせている人たち、がいる場所。
そんな場所に、「行きたくない」 と、言ったということは、大真面目にとらえると、 「あなたが望んでいない場所に私もいきたくないですよ。」
ということか。 相手の心情をとらえて同情をしてくださった、社交辞令ととるか、
直感的に、ライバル視、友人というような目線から、 「じゃあ、いくのやめようかな」 と、「他人」よりは近い距離の関係とみているのか。
はたまた皮肉人間か。
どうとでもとれる。
兎:私個人の意見なので、私が勝手に思っているだけなので、気にしないでください。行きたい人は行けばよいと思います。ただ、私はそう感じてしまうのです。
羊:行くのはやめることにします。 兎:行ってください。
羊:上から目線だよね〜 兎:そんなつもりじゃありませんよ〜。
と、やりとりは続いた。
兎さんはなんと受け答えするのが、ビジネスライクであり、社会人的なのだろう。ウイットの効いた受け答えとは? 相手を立てながら、謙譲目線である言葉遣いとは?
これが、お客さんやら、協力工場やら上司とのやりとりだったら、一体どうしたらよいのだろうか。
人間関係が正常に築けない。 そんな僕もついに24歳になりました。
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