狂いの少ない時計

     狂いの少ない時計のネジ巻いている。
     永遠に、永遠に巻き続けている。
   
      もし時が現し世ならば、
      女は分針で、男は秒針だろう。

      女は10億9百15万2000回、
      嘘を装い、
      男はその2.34375倍、
      嘘に惹かれる。

      敷き詰められた罠に、
      しみこんだ芳香、
      朝と夜も識別できず、
      行き止まりを選ぶ岐路。
      
      折り畳まれ折り重なった歯車が、
      刻みつける
      容赦ない流れの中、
       
      乾燥した夜に、
      季節がないように、

      細い帯状の光を目指して、
      歩き続ける孤独と希望のように、

      色変わりした
      かの世の乙女達が、

      くる日も、くる日も、
      気炎を上げては嘆き、
      嘆いては痛飲し詩を謳う。

      あのなまめかしい野戦址は
      凝縮された空に思念となって漂う。

       やがて雨となり地に落ちてくる。
       その滴は、思念です。
       乙女達の、愛や葛藤や挫折や絶望の溶けた思念です。
       
     
      狂いの少ない時計が狂う時、
      地は裂け、天は咆哮し、
      海は巨大な波を立ち上げる。

      西に起こった地の揺れは、
      東に針路を変えて襲い来る。
      東の地の揺れは、北へ転じ、
      南へ来たる。

      光とともに産まれしものは
      分裂を繰り返し、
      ひとつの結晶となってゆきます。

     狂いの少ない時計に性別はありません。

      父もなく、母もない。
      兄も姉も弟も妹もいない。

      狂うように狂わぬ定めを背負いしこの存在は、
      狂うように過たない時を刻んでゆきました。

      この存在の正体をそろそろ明かしましょうか?

      それは、

          デオキシリボ核酸。
          「n」で表される、ゲノムです。

    人間どもは、心がけずに、
    これからもずっと、

    狂いの少ない時計のネジを巻いている。

                 1976年 より (改稿)

    
   当時私は、大阪府吹田市山手町にて、ひとつ年上のOLと同棲していました。僅かな学生時代。

   変な詩を書く、小生意気で、はにかみ屋の年下の男を、彼女は、いつも黙って見守っていた。

   出来上がった作品を彼女に見せると、

   ”わたしには、判らない” と決まって困った表情で、申し訳なさそうに謝ってばかり。

   理解してもらえなかった彼女を、一作だけ、泣かせた小品がありました。

   捨てられていなければ、今も、それは、彼女が保管しているでしょう。

   ”これだけ、ねぇ、おねがい、これだけわたしにください”

   彼女が私に甘えた最初で最後のおねだりでした。

   「紫陽花」という短編小説だったっけ。
2006 07/24 14:09:24 | none | Comment(0)
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 人形(ひとがた)の妖し
           

           おいで、

           ここまでおいで、

           手は鳴らさない、

           声だけで、

           ぼくを探してね。

           ほら、

           そこじゃないよ、

           あぁ、そこでもない、

           ぼくが欲しいかい?

           盲いたニンフ、

           不完全変態をする昆虫の幼虫と

           同じ名の

           人形の妖し、

           僕のなにが欲しいんだい?


               
               血塊?

               肉片?

               さきみたま?

               生魄?

               え?涙?

               悔恨?

               懺悔?

               正気?

               宿業?

           
           たくさん欲しいんだね、

           さぁ、

           捕まえてごらん、

           鬼さんこちら、

           あぁ、おめでとう、

           それはぼくの尻尾だよ、

           捕まえたね、

           観念するよ、

           君の好きにするがいい、

           かわいいかわいい、

           ニンフを形どる妖し、

           またの名を、「恋患い」

           抵抗は、無意味だよね。

           記念にぼくの名前をおしえてあげよう。

           ぼくはね、

           エンビアウスって、

           呼ばれているよ。




        真夏の夜の夢物語、

        これからもつづきますれば、

        皆々様には、

        ご機嫌麗しゅう、

        暑中お見舞申し上げます。

   ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆



                     まずは御礼まで、
                     
                     敬白。
2006 07/22 10:03:18 | none | Comment(0)
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お好み焼き屋のお話しをひとつ。

   三年前まで住んでいたマンションの近くに、不思議なおかみさんがいるお好み焼き屋がありました。

   年のころは、どうでしょうか、私よりきっと年上だとは思うのだけども、自信がないのは、女性の年が解り辛いってことのせいなんだけど、ひょっとしたら年下かもしれないし、とにかく、美人のおかみさんです。ご主人のお姿をお見受けしないから、もしかしたら、そういう事情にある方かもしれません。

   最初、迷いこんだ猫のように、怪訝な表情隠しもしなかった私に、おかみさんは、

      ”いらっしゃいませ” と迎えてくれました。

   そして、明石焼やらミックス焼きやらをたいらげて、満腹、仕合わせいっぱいで清算すると、

      ”おにいさん、また来て下さいね”って送り出してくれました。

   ここまでは、普通のお店と同じ。

   次に行ったのが、一ヶ月後くらいでしょうか。明石焼が無性に食べたくなって、駅の近くまで、歩いて、その店を見つけた私のおなかは、背中にくっつきそうなくらい、あの通りの状態でしたから、ソースの焦げる匂いが鼻腔をくすぐってたまりませんでした。

      ”お帰りなさい”

   そう、おかみさんは私を迎えてくれました。変でしょう?

   で、ですね、そんな挨拶交すほど、話していたわけではないのです。瓶ビール頼んだら、グラスに最初の一杯だけ、お酌してくれるのですが、それも、観察する限り、私だけにではなくて、それが彼女の、サービスなのだと思い直したりする程度で、あとは、焼き方だとか、店と客との普通の会話しかしていないのです。

  そうだからといって、この日も、おかみさんがほかの客(男性ですね、人気があるようだから)のように、世間話に花を咲かせることもなく、ひたすら、胃袋を満たした私が清算を済ませると、

      ”いってらっしゃい’

  と送り出すのです。これは、かなり変ですよね。

  これも常連客(私は二回目だからその部類には入らないでしょうけど)への、お決まりのサービスなのかというと、そうでないのだから、ややこしくなるのです。

  世間話や、もう少しつっこんだお話しを、聞こえよがしに話し合っている常連と思われるお客さんに、彼女はけっして、「お帰り」も「いってらっしゃい」も言わないのですよ。

  で、ですね、もうひとつ驚いたのが、マヨネーズとか辛しとかケチャップ(この店はこれもかけるから)の量を必ず彼女は、常連客に対しても焼く前に尋ねるのですが、この日の彼女は、何も訊かずに、イカ豚玉焼きを私の前に私の好みの量を再現して並べてくれました。お酌は最初の一杯だけ。ほかの常連客には、何度も、お酌しているのだけれども、私は、やっぱり、一杯だけ。

  おにいちゃん、って呼ばれるのが癪にさわるから、三度目は、ヒゲ剃らずに、行ったのです。ですが、やっぱり、「お帰りなさい」で、「おにいちゃん、何する?」

  白髪、けっこうあるし、ヒゲにも、白いのがまじってるから、まさか本気でおにいちゃんなんて思っていないのだろうけれども、またまた、癪に触ってしまったまま、

     ”いってらっしゃい”

  と、送り出されてしまうのです。

  四度目は、

    ”お帰りなさい、あ、お疲れさま”

  と、私の様子に気付いて言い添えてくれました。

    ”いってらっしゃい、気をつけてね”
  
  これが送る言葉。

  そうして、月日が過ぎてゆき、

  ある日、Zを連れて、食べに行ったのです。

    ”おかえりなさい、あ、あ、彼女なの?お似合いね”

  って言うから、

  「違います、娘です」って言いかけたら、

  「そうですよ、似合ってますか?わたしたち」

  とZが先に応えてしまって、随分バツが悪いことになってしまいました。どうみたって、そんな関係に見える筈がないのに、なにを勘違いするのだろうかなどと、心中、ぶつぶつぼやきながら彼女を窺うと、

  またね、不思議な表情をしているのです。

  おかみさんはもともと無表情に近い、能面のようなお顔をなさっていて、まぁ、美人なんだけど、どこか寂しげな陰のある雰囲気で、しっかりせい!!っていつも元気づけてあげたくなってしまうのだけれども(したことないですけどね)、このときはね、

  母親のような、慈愛に満ちたまなざしをくれたのですよ。

  そして、私がミックスモダン、Zがミックス焼きそばと明石焼ととん平焼きをたいらげる (@_@ のを待って、お勘定すませると、おかみさん、

    ”いってらっしゃい、早く帰ってきてね”

  表情が変わったZが、私を恐い眼で射ぬく。

  なんてことをあなたは、とおかみさんを観ると、

  小さな舌をぺろっと出していたのです。

  しばらく、行ってないけど、元気なのかなぁ、と思い返すわけであります。

  そして、もうきっと帰らない、こまっしゃくれた日々、

  暖簾をくぐって、店に入ると、

     ”おかえりなさい”  の、
  
  華やいだ声が聞こえてきそうで、少しだけかなしくなるのです。
2006 07/20 18:26:05 | none | Comment(0)
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 ゲノム

   ある生物がその生物として生きてゆくために必要な一組のDNA(遺伝情報)のセットを“ゲノム”とよぶ。ゲノムの大きさ(長さ)は原則として進化の進んだ生物ほど大きいとされている。例えば大腸菌ゲノムは470万塩基対、実長1ミリメートル。ショウジョウバエでは1億7000万塩基対、実長1センチメートル、ヒトの核ゲノムでは30億塩基対、実長1メートルと見積もられている。これは24種類の長さの異なるDNA分子に分かれ、それぞれが別の染色体をつくっている。しかし、この原則に合わない生物もあり、例えば植物のユリはヒトのほぼ30倍、1000億塩基対という巨大なゲノムをもっている。大腸菌など原核生物ではゲノムDNAの上に、遺伝子がほとんど隙間なく並んでいるが、ヒトを含む哺乳動物では遺伝子として働いているDNA部分は全体の数パーセント程度で、それ以外の大部分のDNAについてはなお不明な点が多い。遺伝子=DNAとはいえても、DNA=遺伝子とはいえないことになる。



   
    その頃は、ベッドじゃなくって、まだ、布団に眠っていた。

   嫌だった丸坊主にも慣れた。人がどう見ようが、そんなことは、どうだってよかった。自分さえ、耐えられたら、それで、よかったのだ。そうかといって、私は、冷淡な少年じゃなかったと思う。どこからか迷いこんできた小さな黒猫を、ちゃんと可愛がって、育てていたし、叔父から譲ってもらった、梅の盆栽も、大事にしていた。

   西田からもらったチョコレートもまだ、食べきれずに、机の上に、無造作にほったらかしてあるが、これは、甘すぎて、虫歯に悪いからで、けっして、食べたくなかったからじゃない。気持ち、って、あのオトコ女は洒落たこと形容してたけど、それじゃ尚更、意地でも食べてやるものかとは思うのだが、そうできないところにも、そんな私の性格が出ていたろう。

  週に3回、店の奥にある座敷で、母が琉球舞踊を弟子に教えていた。6人のお弟子さんは、皆、10代で、ひとり、16歳のお姉さんがいた。明美姉ちゃんだ。高校の授業が終わってから、習いにくるので、いつも、恐縮しながら、座敷に上がってくる。

  舞踊というものは、徹底的に、才能を競う世界、である。才能のないものには、習得は適っても習熟は永劫適わない。それは、手の表情、腰と背の入り方、足の運び、顔の位置、そんな細かいからだの全てに、如実に現れてくる。おかしなことに、美を創造しながらもこの才能は、容姿の美醜に拘わらない。痩肥、小顔大顔、背高低、腕脚長短に、左右されない。もうひとつやっかいなことに、聡明さにも拘らない。いくら完璧に模倣できても、美の世界を構築できるわけではないのだ。これほどまでに、記憶が実践されない虚しい世界は、芸能に不可欠の要素なのだろうが、その基幹となるの感性であるが、こいつは、もうひとつ身体の感性という天賦のものが必要になる。敏捷で、切れが良く、肉体に宇宙を描き出さなければならない。しなやかであり、軽く、そして、なによりも、止め、に於ける、静寂の比喩が、その宇宙を銀河系からアルファ宇宙域を飛び出し、ベータ宇宙域まで拡大させなければならない。
  才能のある者が集まり、そのなかで抜きん出るためには、並大抵の努力を強いられるのは勿論、そこもまた、才能の量によって順列が生まれてくる。巨大な才能の持ち主が、選ばれた地位にもっとも近い者となる。だが、現実に、トップの者が、才能ナンバー1かというと、これは、免状をもつもの全てが一堂に会して競わない限り、証明は出来ないだろう。
  スランプ、というものもあるだろう。体調の善し悪しもあるだろう。だが、巨大な才能の持ち主には、そういう言訳は通用しないし、また、そうなることは考えられない。

  6人のお弟子さんの内、明美ねえちゃんは、ひとり抜けていた。砂に水を撒くように、吸収して、蒸発する。ただし、蒸発するときの、蜃気楼は、ちゃんと残っている。そんな弟子だったそうだ。教え甲斐があると、母は、異常なほどの執着を見せる。片時も離れずに傍に控えさせて自分のもつ全てを教え込み、啓発する。あげく、時には、スナックを手伝わせたりしていたようだ。いけないことだけど、女子高生には、結構なアルバイトだったのかもしれない。明美ねえちゃんも師というよりも、もっと近しいものとして母を慕い、その息子である私も、及ばないだろうけど相応に気にかけてくれていたようだ。週末には、そのまま泊まって行くこともあった。

  部屋は、余っているけれども、布団は、一組しかなかった。つまり、私の布団だ。14歳の中学生と16歳の女子高生が、ひとつの布団に眠る。私が眠る横に、服を脱ぎ、下着姿の明美姉ちゃんが滑り込んでくる。私は熟睡してるから、その状況を見たことがないけれども、明美ねえちゃんの話によると、私は、まるで、起きているかのように、寝言を言うのだそうだ。膝を立てるな、ちゃんと、服を脱げ、などと、え?って私の寝顔を確かめるくらい。

  私は毎晩、どういう夢を見ていたのだろうか。明美ねぇちゃんへの、秘めやかな思慕も、夢に反映していたのだろうか。

  私は、片思いしい、だった。恋というものをしらないのだから、仕方がないだろう。好き、という気持ちが、きっと、こういうことをいうのだ、という、今から思い返したら、著しい錯誤をしていたのかもしれないが、含羞が薄らぐわけでもないのだから、どうしようもない。そんなことどうでもいい、そう、おおらかで、底なしに明るく、少し、切ない恋心。抱く相手は、日替わり状態だった。気が多いのか?と悩んでしまうくらい、私は、色々な異性を好きになった。

  小柳ルミ子に一目惚れしたり、いしだあゆみも素敵だなんてため息つきながら、中村晃子もいいなぁ、などと、定義を知らない、ただ、玩具を弄ぶように、片思いしていたのかも知れない。

  学校で1人、教室で1人、そして、近所で1人、家で1人。4人は、片思いする。片思いする相手がいてこそ、私は、この世界に棲んでいられた。従順なままに。それは、きっと、今でも何ら変わらない。偏執する気質は、どうやら、親譲りのようだし、気が多いのも、そうなのかもしれない。

  いつものように明美ねえちゃんは、二階に昇ってくる。階段板が軋む音が、break the still of the night 。黙(しじま)は、畳を踏みしめる圧縮音に掻き消される。抜き足、差し足、忍び足。優しい明美ねえちゃんは、電気もつけずに、そのまま、服を脱ぎはじめる。

  私は、闇に慣れた目で、ずっとその動作を見ていた。下着姿でも格好良い明美姉ちゃんは、掛け布団を持ち上げて、身体を横たえた。

  「コウチャン、起きてるんでしょう?」

  「うん」

  「どうしたの?眠れないの?」

  「うん」

  明美姉ちゃんは、僕の首を抱いた。そして、その首に、向き合うように、潜り落ちてきた。そして、

  「コウチャン、キス、したことある?」

  「あるよ」

  「本当に?」

  「うん」

  嘘かもしれないし、真実かも知れない。ファーストキスなんて、どれを差すのだか、私はいまだに探し出せない。

  「じゃ、お姉ちゃんとしてみたい?」

  言うなり、明美姉ちゃんは、くちづけてきた。触れ合う唇、カサカサに乾燥していた姉ちゃんの唇から、舌が私の口腔にねじ込まれてきた。

     たとえば私が恋を、恋をするなら、
      四つのお願いきいて、きいてほしいの♪

  窓から聴こえてくる歌謡曲、ネオンの赤や青、緑に黄色、オレンジにピンク、様々な色が、硝子を照らし出す。

  お姉ちゃんは、眼を閉じていた。私は、驚きながらも、その舌の動きに、従っていた。からむ、もつれる、押す、擦れる、目紛しくって、ついてゆけているのか分からなかったけれども、私の全身は汗ばんでいた。

  気が遠のきそうな時間が流れた。

  お姉ちゃんは私のシャツを脱がす。そして、布団を被ったままパジャマの下も脱がした。ズボンを傍らに投げると、私の上に馬乗りになりながら、背中に両腕をまわして、胸を露にした。長い髪が、こぶりの乳房を隠しているけれども、私は、そうしたことを、ネオンがもたらせる僅かな光りを頼りに、つぶさに、眺めていた。

  お姉ちゃんは、私の横に寝ると、下を脱ぎはじめた。脱がせる手が、私の腿に触れたままで落ちる。裸になったんだ。

  「まさか、これはないよね、コウチャン」

  訊かれた内容がよく飲み込めなかった私は、訊き返すことをためらっていた。何故だかは、答えたくない。そんな経験が、ある筈ないのだから。

  だけど、私も、返事の替わりにブリーフを脱いだ。その瞬間だった、

  「わたしも初めてだから、上手くできないかも知れないよ」と途切れ途切れに呟きながら、お姉ちゃんが私の上に被さってきた。

    私はその夜、初めて女を知った。

  
   「お寝坊さん、まだ起きないの?」

  目覚めた私は、背中に朝日をいっぱい浴びて覗き込んでいる明美姉ちゃんの顔を、薄目で見上げていた。いつもの顔が、そこにあった。少しだけ、照れ臭そうに、はにかんだ頬が、紅潮していた。お姉ちゃんは、もう服を着ていた。裸のお姉ちゃんとの違いが、私には不思議に思えていた。別人だったんだ。そう、思えてならなかったのは、お姉ちゃんの裏を、初めて知ったからなのだろうか。表裏一体、だれでもそうなのだろうけれど、私には、まだ、そういう含みや、ややこしい虚飾なんかは、よく理解できていなかった。それよりも、

  逆光のただ中のお姉ちゃんが、ただ、まぶしかったんだ。

  勘定できないくらい同衾した私とお姉ちゃんの別れは、それから、半年後、お姉ちゃんが、晴れて免状を授与されたおめでたい日だった。恐らく、母の弟子の中でも、五本の指に入るだろうその舞いは、研究発表会を催した、会館の舞台でも、充分発揮されていた。小宇宙を体現するお姉ちゃんの力量は、観衆の誰の目にも、明らかだった。底なしの才能の息吹、そして、女としての艶美の萌芽、視線の動きひとつにも、それは、描写しきれていた。私は、呆気にとられたかのように、魅了されていた。

  お姉ちゃんとは、十四歳のその日を最後に、会っていない。どちらが避けていたのかは、お互い様だったのかもしれないけれども、お互いの動向がずっと気掛かりだったことは、母から伝え聞く話では、確かなようだ。

  会いたくて会いたくて仕方がないのに、会わないで叶う恋もあるのだと、私は、教えられた。

  今でもときどき想い出すことは、もし、母がふたりの関係を知っていたら、赦してくれただだろうか、ってことなんだけど、その可能性は、少なかっただろう。なにしろ母は、どんな彼女を紹介しても、「ヤナカーギー」と裁定するのが癖だったから。「嫌な景」っていう意味で、つまり、美しくはない、ってこと。

  今のカミサンなんか、十七歳の時に会っているけれども(キスしている場面に出くわしたんだ)、ため息交じりに、お前の趣味が解らん、とひどく嘆いていたものだ。母は八十を過ぎてはいるが、世界中の80代の全女性の中で、イチバンの美貌を維持している、と怪気炎をあげている。見たくはないけれど、80代インターナショナルコンテスト、なんてもし開催されたら、文句なしに、母は、十七歳の時にそうだったように、女王の座を射止めてしまうだろう。

  母は、いつも、言う。美は、もたらされるものではなくて、積み上げてゆくものだ、と。基礎を固めて、積み上げて、練り上げ、塗り上げてゆく最後に、出現するものなのだ、と。
2006 07/16 21:41:20 | none | Comment(0)
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 光あるうちに光りのなかをあゆめ




        神のもとには大きなものも小さなものもありはしません。人生においてもまた、大きなものも小さなものもありはしません。
        あるものはただ、まっすぐなものと曲がったものだけです。                              
                                                                  
                                             トルストイ


            

    当時、私のバイブルになっていた歌。

    ディオールのイニシャル模様のネクタイ、ホワイトアイボリーのスーツ。それまでの私の全てを覆したそのドラマは、私の中の他のものまで変えてしまったのかも知れない。

    この歌は、魔法の歌だった。

    ありえない現象を、うみ、ありえないものを、もたらし、ありえないことを、可能にする。

    当時の私は、22歳。

       「アズマエさんは、カラオケとか行きますか?」

       「うん、行くよ」

       「どんな歌唄うんですか?」

       「ガラス坂かな」

       「えー?そんな歌唄うんですか?」

       「変かなぁ?」

       「変じゃないけど……、今度、連れてってくださいね」

             
             ゆうべは淋しさに 震えて眠って 夢を見た
             もつれた糸のように あなたと私と誰かと
             過ぎ去れば思い出になる 今をちょっと耐えれば
               私は ここに いるわ  いるわ

             終りのない歌を うたっているのは私です
             時には声かすれ 人には聴こえぬ歌です
             でも今が一番好きよすこし曇り空でも
               誰か私を抱いて  抱いて

                                         及川恒平


     これが、社交辞令、とかいう、許された嘘なのだろうと、私は聞き流した。数千足の在庫が立ち並んだ、狭く暗いストックルーム。彼女は、売場いちばんの美人だった。

     数日後の退社時間、店員通用門を抜けると、彼女が誰かを待っていました。恋人だな?と少し焼けたけど、

       「お疲れさま、早番だったでしょ?誰か待ってるの?」

       「うん、待ち人来たらずで、退屈してたの」

       「彼氏だね?ご馳走さま。じゃお先にね」

       「待って!待ってたのはアズマエさんですよ」

       「え?僕?僕なんですか?」

       「そうよ、約束したでしょ?飲みに行こう、って」

       「はい、確かにしましたけど、え?えええ?本気だったの?」

       「ひどいなぁ、忘れてたのね」

       「違うって、社交辞令だと思ってたから」

       「あたし、そんなこと言いませんから。それとも、あたしのこと、嫌い?」

       「まさか、売場のマドンナを嫌いな男なんていません、って」

       「じゃ、嫌いじゃないのね?」

       「はい、嫌いじゃありません」

       「それは、好きってことに取ってもいいのね?」

       「ご随意に」

       「なんか狡いなぁ。あたしとは飲みに行きたくないの?」

       「飲むのが、そもそも、苦手だから」

       「じゃ、あたしが教えてあげる。いいでしょ?」


     よけいなものまで、教えてくれました。

    
       
     無理を承知の行動だった。ふられて筋書き通りに運ぶ筈だったんだ。私は、「終わりのない歌」をひととおり口遊(くちずさ)んで、君を誘いに行った。

     君は、暗くなった店の奥で、日報をつけていた。私は棚卸しが終わったばかり。部下を帰して、私は迷っていたさ。閉店してもう二時間が過ぎている。残業届に記した時間は、あと数分しか残っていない。

     私は、大流行の兆しを見せはじめていた毛皮のコートを広げながら、レジの奥の小さなストックルームの奥、小さな机に向かう君の背中に声をかけた。

        「遅くまで、ご苦労様です」

        「あら、棚卸し終わったの?」
 
        「ええ、なんとか。帰らないのですか?」

        「アズマエさんは、もう帰られるの?」

        「ええ、もう帰ります」

        「お腹空いてませんか?」

        「え?お腹?」

        「帰り、どこかで食事しませんか?」

        「残務処理はもういいのですか?」

        「ええ、あなたを待っていただけですから」

        「え?驚くことをおっしゃいますね」

        「そうですか?私は底なしだけど、アズマエさんって、お酒大丈夫ですよね?」
 
        「いいえ、ダメなほうです。すぐに酔っぱらって、寝ちゃいますから」

        「じゃ、今夜はわたしが介抱しますから、思いきり飲ませてさしあげますわ」

    そう誘った君は、私より先に酔いつぶれて、歩けなくなって、どこにも行けなくなって、君の部屋まで送っていったら、そのまま、部屋に引きずり込まれて、酔ってなんかぜんぜんいなかったんだね、君は着ていた服を脱ぎはじめ、私の服を脱がせた。その時、君の胸の中で、爆発しそうになっていた鼓動を頬で確かめたさ。それは勇気なんかじゃなくって、覚悟だったんだよね。

     

        「アズマエさん、お久し振りね」

        「永井さん?ご無沙汰しておりました」
 
        「阪神にいないから、ここまで来ちゃったじゃん」

        「すみません、ご挨拶もせずに、転勤してしまって」

        「そんなことより、あなた、店長になったんだってね?」

        「はい、おかげさまで。若輩者ですから、苦労してます」

        「何言ってるのよ、自信満々のくせに。わたしも応援するから、出世してね」

        「ありがとうございます、今日は、春物をお探しなのですか?」

        「ええ、それもあるけど、今日はね、この娘を紹介しにきたのよ、あなたに」

        「え?お嬢さんですね?」

        「こら、照れてないで、挨拶なさい。カッコイイでしょう?ママのお気に入りの店長さんよ。年はまだ二十三歳、どう?あなた、気に入った?」

        「やめてよ、ママ」

        「この娘はね、十六歳、7つ違いだけど、お似合いだわ」

        「永井さん、僕は独身じゃありませんよ」

        「分ってるわよ、そんなこと。あなたが独身だったら、わたしがモーションかけてるわ」

        「ご冗談を」

        「だからね、娘を紹介するのよ」

        「すみませんでした。永井さん同様、懇切丁寧に接客させていただきますよ」

        「違うわ、あなた勘違いしてる。紹介はね、文字通り紹介なの、解る?」
  
        「いいえ、全然」

        「ホントにあなたこういうことには、鈍いのね。内の娘と交際してくれ、とおたのみしてるのよ」

        「こんなおキレイなお嬢さんに、私なんか、身分不相応ですよ。それに、そんなこと出来るわけないじゃありませんか」

        「あら、ねぇマリちゃん、あなたこのお兄さん嫌い?」

        「知らない、ママのばか!」

        「ほらね、この娘も、気に入ったようよ。あなた次第だわ、アズマエ店長、ご返事は?」

        「か、考えさせて下さい」

        「きゃぁ、照れちゃって、もう可愛いんだから。これだけは覚えておいてね。わたしはあなたを気に入ってるの。わたしには残念なことに息子が出来なかったけど、あなたなら、息子にしたいと真剣に思っているわ。覚悟しなさい、わたしからは逃げられないわよ」

     この奥さんは、阪神百貨店時代からのお得意様で、外商部から紹介されて、接客したら、なにが気に入ったのか、次から外商部を通さずに、直接売場に来るようになった、最初のお客様でした。

     
     私の迷走は、すくなくともひとつの帰着点に向かって進んでいたことが、最近、分りはじめてきました。 


        このごろわたしは想い出す。
           遠いあの日の、天使のようなあまいろの声。

        このごろわたしは想い出す。
           軟体動物のようなあなたのいやらしい肢体。

        このごろわたしは想い出す。
           再会したときのあなたのたたずまい。

        このごろわたしは想い出す。
           あなたに受けたさまざまな嫌な思い。

        このごろわたしは想い出す。
           あなたの最後の、最後のせいいっぱいのまなざし。

        このごろわたしは想い出す。
           あなたたが最後に、最後に遺した切ない言葉。

        こうしてわたしは想い出す。
           乾燥した胸には、去来するものがなにもないことを。

        こうしてわたしはさらに想い出す。
           想い出すことを想い出している、わたしを想い出す。
           醜いこの身を晒してまでも、自然発火した小さな焔が、
           乾燥した胸を焼け尽くすその時を、
           見逃さぬように、
           ただ、
           待ちわびるように。
2006 07/16 06:19:42 | none | Comment(0)
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あめあめ ふれふれ、かぁさんが、
       
      じゃのめでお迎えうれしいな。

      ぴちぴち ちゃぷちゃぷ らんらんらん。

  私は、昼から雨になるのを知っていても、傘を持たずにいつも登校していました。雨が好きだったためでもありますが、いちども母親に迎えにきてもらったことがないからでもありました。

  近所に住んでいた同級生で書店の娘でしたYという女の子がいました。当時は、まだ少年ジャンプやチャンピオンは創刊されておらず、サンデー、マガジンが主流でした。サンデーには「伊賀の影丸」。マガジンには「サスケ」。貸本屋がどこの街にも一件あり、月刊誌花盛りの時代、「少年」、「少年ブック」、「冒険王」、「ぼくら」、「少年画報」など、少年たちを魅了していましたから、書店は夢の宝庫だったのです。

  その日、昼から降り始めた雨は、放課後になってもやみません。傘をもたない私は、校舎から駆け出して、全身に雨を浴びます。顔を濡らす雨が気持ちいい季節だったのでしょう。濡れてゆく衣服、髪、したたりおちる滴が飴色に透けてゆっくりと、大粒に膨れながら落ちてゆく。ぬかるみだした大地も、やわらかく靴を包んくれました。

  思い遣りは、どこからやってくるのでしょうか。神の国からかもしれませんね。

  「Sく〜ん」

  雨音にまぎれて喚ぶ声が聞こえました。振り返ると、Yでした。

  立ち止まった私に追いついた彼女は、私に傘を差しかけます。

  何か云っていたでしょう。傘も持たずにとかなんとか、女の子は小学校2年生のこの頃から、もう説教が得意だったようです。お爺ちゃんを叱るどこかの愛くるしい孫のように。

  「じいたん、しょんなことをしては、ダメでちょ」

  「スマン、(6 ̄  ̄)ポリポリ、もうしませんから許して下さい」 孫に謝るのは、少し、気持ちがいい。

  悪いことをしたら叱られる。いいことをしたら、褒められる。2極端ならば、この世はなんて潔いことだろうか。でも、そうはいきません。よくても悪いことや、悪くてもいいことが、たくさんあります。凄く悪いことやちょっとだけ悪いこともあります。叱るのは、直感に左右されるでしょう。叱咤を受けるのは、感情ではなく、理性になっている今の私には、この幼い直感が、いとおしくてなりません。

  相合い傘、色っぽいこの言葉を、当時の私は知りませんでした。男と女、どうして分けられるのか、どこが違うのか、視覚できても、その意味までは理解できていなかったのでしょう。同類です。同じ生けるもの。同じ言葉を話し、同じ熱をもつ。パンツがすぐに見えそうなスカート穿いていても、チンチンがついていなくっても、風合いていどの違いしか私には、認識出来できませんでした。

  「今日も、家に来る?」

  「行く、少年サンデー今日発売やろ?」

  「うん、置いてあるよ、S君のために」

  転校生だった私に、最初に話しかけてくれたのが彼女だったのです。家が近い所為もあって、誘われるままに、彼女の家に行くと、廊下に山のような雑誌が積み上げられていて、一角に宝の山がありました。読んでいいか?って訊くと、好きなだけ、と応えてくれ、居間のソファーへ座り漫画の世界に没頭していると、これ食べよう、とオヤツを持ってきてくれます。一人分を、仲良く二人で食べる。ビスケットとかクッキーとか煎餅や饅頭の類いだったでしょう。

  嫌だったのは、ママゴトの相手をさせられることでした。お父さん役、仕事から疲れて返ってきた夕飯の風景、お父さんを知らない私にこなせるわけがないのに、そこはそうしなければいけない、と、演技指導。言われるままにこなすと、彼女は若妻役。私は、お母さんもしらないのに、何をすればいいのかが判らず、固まっていると、お帰りなさいあなた、と抱擁。暑苦しいなぁ、と閉口しながらも、我慢。漫画の為だ、と言い聞かせ、ツバメのような気分を味わいます。

  それだけで済めば、まだいいのですが、挨拶替わりのチュウしなければいけないんだよ、と、強要されると、閉口の度合いが頂点に達してしまいます。子供ができたら、どうするんだ?それだけは、困るだろう。7歳で父親なんか、やってられないぞ。心配は、頬への口付で解消されて、ほっ、ひと安心。

  他の女の子と遊ばないのか?と疑問をもつが、この子は、平気だったようだ。私は、ベッタンやビー玉遊びをしたかったのに、来日も来日も、ママゴトばかり。こんなののどこが面白いんだか、さっぱり判らん気持ちは、心にしまい、私は、ツバメを続けました。

  ママゴトから開放されてほっとすると、今度は、トランプ、歌留多。ゲームが嫌いな私には、地獄だったでしょう。ばば抜き、どこが面白いんだ?七並べ、どこに面白みがあるんだ?

  「わくわく、するね」

  おまえの神経は、だいじょうぶか?本気で疑うこともありました。
  
  雨が降っています。

  傘の中で、仲のいい男の子と女の子は、肩を寄せ合うように、歩いていました。女の子はオママゴトを想像し、男の子は漫画のつづきを空想していました。

  「やーい、男と女が抱き合ってるぞ」背中に、下品な哄笑が起きました。

  抱き合ってる?目、見えないのか?これが抱き合ってるのなら、バスや市電や電車の中は、抱擁だらけじゃないか。冷静になれば、そう切り返せた年に私はなっていました。だけども、先に、感情が泡立ってしまいます。みるみるうちに膨れ上がった泡は、胸の中の全てを支配してしまいました。

  ”もういっぺん、言うてみぃ!!”

  私は、冷やかした男の胸ぐらを掴み、殴りました。「S君、やめて!!」彼女の悲鳴も聞こえません。倒れた同級生の上に馬乗りになり、更に殴りました。相手は泣き出します。こんどは、呆然と佇む残りの同級生達に、掴みかかりました。

  ”S君、やめて!!”

  彼女が背中にしがみつきます。邪魔でした。動きを封じられたら、反対にやられてしまうじゃないか。私は、彼女を突き飛ばし、残りの敵にバチキ(頭突き)を入れました。泣けば、決着はついてしまうのです。

  雨が降りしきっていました。

  泣きながらランドセルを手に逃げてゆく同級生達を見据えながら、私は、傍らにいる彼女をふと見てしまいました。彼女は、泥だらけの道に座り込み、泣いていました。傘は何処へやったのでしょうか。

  雨は容赦なく二人を濡らしてゆきます。

  彼女の記憶は、ここで消えてしまいました。近くに住みながら、私は、その後、彼女と一言も口をきかなかったのです。彼女は、いつも、私を恨めしそうに見つめていましたが、私は、無視し続けました。愧じていたのでしょうか?ケンカを邪魔されたからなのでしょうか?

  いいえ、違うと想います。私は、照れ臭かったのです。男と女は、やっぱり違うんだ、って、初めて自覚してしまったのです。彼女が嫌いじゃなかったし、好きでもなかったけど、無視するような気持ちは抱いていませんでした。ただ、もう二度と一緒に、遊べない、そういう年になったのだ、と自分に言い聞かせていたのだろうと想います。

  15センチも背の低いチビの転校生のことを、彼女は、覚えているでしょうか。その想い出の中の私は、優しく笑っていますか?
2006 07/14 22:11:44 | none | Comment(0)
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眞白の月

    

      君が誰とましろの月を観たかなんて、野暮な事は訊かないよ。    
      
      刃渡り2寸の小さなナイフ、
      君はなんども、なんどもこの胸を刺した。
      おなじところを、おなじちからで刺した。
      
      血は出ぬその小さな傷跡に、
      いつかしら咲いた黒い花、
      摘んで君に捧げるとしたら、
      それは君にどう見える?
      
      君はニベも無くこう言うよ、
      そんなきみわるい花、要らないわ、って。
      
      君が刺した傷跡に咲いた黒い花、
      ぼくはそれを胸にかくしたまま、
      君の無邪気な想い出に相づちを打っている。
      
      ぐさり、ぐさりと、
      脂だらけの肉が裂ける沈んだ音を耳にしながら。

      夜空には、
      ましろの月が、
      映えかえる。

      あぁ、うつくしの夜や。
2006 07/13 22:33:06 | none | Comment(0)
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 狂いの少ない時計

     狂いの少ない時計のネジ巻いている。
     永遠に、永遠に巻き続けている。
   
      もし時が現し世ならば、
      女は分針で、男は秒針だろう。

      女は10億9百15万2000回、
      嘘を装い、
      男はその2.34375倍、
      嘘に惹かれる。

      敷き詰められた罠に、
      しみこんだ芳香、
      朝と夜も識別できず、
      行き止まりを選ぶ岐路。
      
      折り畳まれ折り重なった歯車が、
      刻みつける
      容赦ない流れの中、
       
      乾燥した夜に、
      季節がないように、

      細い帯状の光を目指して、
      歩き続ける孤独と希望のように、

      色変わりした
      かの世の乙女達が、

      くる日も、くる日も、
      気炎を上げては嘆き、
      嘆いては痛飲し詩を謳う。

      あのなまめかしい野戦址は
      凝縮された空に思念となって漂う。

       やがて雨となり地に落ちてくる。
       その滴は、思念です。
       乙女達の、愛や葛藤や挫折や絶望の溶けた思念です。
       
     
      狂いの少ない時計が狂う時、
      地は裂け、天は咆哮し、
      海は巨大な波を立ち上げる。

      西に起こった地の揺れは、
      東に針路を変えて襲い来る。
      東の地の揺れは、北へ転じ、
      南へ来たる。

      光とともに産まれしものは
      分裂を繰り返し、
      ひとつの結晶となってゆきます。

     狂いの少ない時計に性別はありません。

      父もなく、母もない。
      兄も姉も弟も妹もいない。

      狂うように狂わぬ定めを背負いしこの存在は、
      狂うように過たない時を刻んでゆきました。

      この存在の正体をそろそろ明かしましょうか?

      それは、

          デオキシリボ核酸。
          「n」で表される、ゲノムです。

    人間どもは、心がけずに、
    これからもずっと、

    狂いの少ない時計のネジを巻いている。

                 1976年 より (改稿)

    
   当時私は、大阪府吹田市山手町にて、ひとつ年上のOLと同棲していました。僅かな学生時代。

   変な詩を書く、小生意気で、はにかみ屋の年下の男を、彼女は、いつも黙って見守っていた。

   出来上がった作品を彼女に見せると、

   ”わたしには、判らない” と決まって困った表情で、申し訳なさそうに謝ってばかり。

   理解してもらえなかった彼女を、一作だけ、泣かせた小品がありました。

   捨てられていなければ、今も、それは、彼女が保管しているでしょう。

   ”これだけ、ねぇ、おねがい、これだけわたしにください”

   彼女が私に甘えた最初で最後のおねだりでした。

   「紫陽花」という短編小説だったっけ。
2006 07/10 22:04:00 | none | Comment(0)
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    ぼくが死んでも 歌などうたわず
    いつものようにドアを半分あけといてくれ
    そこから
    青い海が見えるように

    いつものようにオレンジむいて
    海の遠鳴り教えておくれ
    そこから
    青い海が見えるように

                    寺山修司

  
   月があんなにも神秘的に私たちを惹きつけるのは、じぶんで耀いていないからかもしれない。

  私たちは、光によって、その存在を、他に認識されている。私たちに、自ら発光できる能力は備わっていない。触れても、匂っても、聞こえても、見えないものは、実質存在の有無につながってしまう。

  そこには、たしかに、ある。しかし、それを、可視させるものは、光だ。光がなければ、私たち人類は、進化さえできなかった。

  私の伯父は、白内障を病んで、壮年期に視力を失った。私が4歳くらいだっただろうか。伯父は、私に、「故郷」を教えてくれた。

  忘れ難き、ふるさと。

  視力を失いつつあった伯父にとって、掠れ行く故郷のたたずまいは、万感の思いを吃逆させていたのかもしれない。

  私は、幼いくせに故郷を口ずさむ、異様な子供だったようだ。断片的に残る記憶の中に、伯父のその姿は、小さく幽かだ。下の伯父によって、ようやく、全ての歌詞を記憶できたその日、伯父は、血を吐き、倒れた。

  視力をなくし、尚、不治の病を得た伯父は、私が小学校に入学してからしばらくのち、逝った。衰弱憔悴の果て、兄妹に見守られながら、その生き様に似て、静かに、愚痴をなにひとつこぼさず身罷った。

  大好きだった柑橘類を、その墓前に供えることが、現在、母の日課となっている。

  ひとも他によって光を得ると言い換えられるだろう。耀きは、他によって、もたらされる。

  ならば、伯父は、その38年の生涯に於て、一度でも、光に包まれた事があったのだろうか。それを、伯父の年を随分追い越してしまった私は、時々、思い出しては、胸が詰まってしまう。

  伯父の墓は、朝日がふりそそぐ場所にある。
2006 06/30 11:15:54 | none | Comment(0)
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思想別ハッピーバースデー ]

理想主義 : お誕生日おめでとう!

資本主義 : 誕生日プレゼントのために一日中買い物したよ

懐疑主義 : 君の誕生日だなんて信じられない

実存主義 : 君の誕生日は僕には何の意味もない

共産主義 : みんなでプレゼントを分け合おう

封建主義 : 君がもらったプレゼントは私のものだ



A「なあ。きみは患者に恋したことがあるか」
B「ああ。医者だって恋はする。たまたま相手が患者だったというだけさ」
A「・・・そうか。そうだよな。患者に恋したっていいんだよな」
B「なんだよ、もしかしてお前」
A「うん・・・。立場上、許されない恋かと悩んだこともあったけど、お前の話を聞いて安心した。
 患者に恋するのはいけないことじゃない。恋はすばらしい。恋の炎は誰にも消せやしない」
B「でも、お前は獣医だろ」


長距離夜行列車にて。高校卒業記念に旅に出た3人の若者は、4人がけの席に座った。男ばかりの気安さで盛り上がっていると、
「あのう。ここ、あいてますか」
見上げれば、かわいい女の子が一人で立っている。喜んで座ってもらったのは言うまでもない。
今度は4人で楽しく盛り上がった。
若さをもてあましている男と女。夜がふけ、周りの席が静かになってくると、話は少しずつエッチな方へと移っていった。

「ねえ。一人100円ずつくれたら、ふとももの蚊に刺された所、見せてあげる」
女の子が笑いながらこんなことを言うと、3人は即座に100円を取り出した。女の子はスカートをめくり、ふとももをあらわに。
「うおー、すげぇ」と、うれしげな男3人。

「ねえ。一人1000円ずつくれたら、胸の谷間のほくろ、見せてあげる」
今度も3人はすぐに1000円を払った。女の子はシャツの胸元を大胆に開けてみせた。
「うおー、すげぇ」

「ねえ。一人10000円ずつくれたら、盲腸の手術した所、見せてあげる」
3人は、待ちきれないように10000円を払った。30000円を手にすると女の子は立ち上がり、窓の外を指差した。

「ほら見て。あの病院よ」



その男はなんとかして融資を受けようと、銀行の融資担当窓口で長い間熱弁をふるった。ついに融資係が言った。
「あなたへの貸し付けが成功するかどうかは五分五分ですな。なかなか判断がつきません。……よろしい、それではこうしましょう。実は私の片方の目は義眼なのですが、それがどちらか当てられたら、融資するとしましょう」
男は融資係の目をじっと見つめた。その義眼はとても精巧にできていて、本物の眼とまるで見分けがつかなかった。やがて、男が答えた。
「右目が義眼ですね?」
「これは驚いた」融資係は言った。「今まで誰一人として当てた人はいなかったのですが、どうして分かったのです?」

「いや、簡単なことですよ。右目にはわずかながら人間らしい光が見えたのでね」
2006 06/28 02:31:35 | none | Comment(0)
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