男たちには判らない

2011年 03月 の記事 (2件)



2011年3月11日 14:46

この時間を境に、人生が全く変わってしまった人たちが
たくさんいる。

世の中は、そんなものと言ってしまってはいけないが、
1995年1月17日を境にして、価値観が少し変わる
くらいの体験をした自分としては、ものさしを少し延ばしても
参考にならないのかもしれない。



好きな車に乗るという小市民的な幸福を、今回は封印しないと
世の中は変わらないかと、この2日間考え続けている、が、
昨日少しだけ車を走らせれば、大阪北部のこのあたり、





こんな目を細めたくなるような可愛い外車にのる
幸せな人たちの風景に遭遇した。



仙台の若林区だって、三陸海岸の気仙沼だって、
福島県の常磐線に沿った海岸線にだって、
数日前までは、こんな風景の一部になる車の走るシーンが
見られていたのであろうと思う。

シーンが暗転したあと、僕らは何を考え、何を思えば
良いのであろう。



寝床のある町にに戻って、迷いつつ立ち飲みに入り
少し飲む。
こんな日常が、海沿いの町にだって、その瞬間までは
あったはずだ。



ここで車を楽しく乗ることを、ためらうべきか、
どうすべきか。その答えは出していない。

ただ震災の年も、僕らは若かったから、
立ち直るのも早かった。
今の自分の年齢なら、もっとダメージが大きかったら
私はどうなっていたのであろうか、
そんなことを考えながら、この国の、この大地の上で
きょうも過ごしている。

2011 03/13 15:21:18 | 日記 | Comment(0)
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北摂という言葉が本来あらわす摂津の北は、京都との境から
兵庫県の一部のエリアまで含んでしまうのだが、猪名川流域に
拓けた町村がいちばん言葉的にもらしい雰囲気がある。

兵庫県の県都・神戸市は、摂津というと大阪を意味することを嫌ってか、
明治以降ひたすら旧国を廃することにつとめてきた。これが神戸の
新しさに通じるのであろう。

はるか上代から人が住み、中世には城下町であった大阪府池田市と
兵庫県伊丹市。南部に控える尼崎も城下町であったが海に面する港町の
性格もあり、やや言葉気風が異なる。
そうすると、北摂というと猪名川流域の、池田、豊中、兵庫県の川西、
伊丹、宝塚、せいぜいと箕面と言ったあたりが一番、気風が似ているの
ではないであろうか。

そのキーワードは、明治の終わりに一人の男が引いた鉄道による。
男の名は小林一三。鉄道は阪急電鉄である。
この間から、伊丹に行く用事があって行ってきた。
風景が随分変わったなと道を歩きながら、旧市街地の近くに
できた音楽ホールが、開館20周年を迎えたことも知る。

震災前のバブル期とその後の阪神大震災。25年程の時空間に、
日本は豊かさについてじっくり考える時間があった。
見かけの豊かさと、精神の空白と。
そういう時代の中で、比較的翻弄もされず、急速な人口流出も
なく維持しているこの都市群は、運がいいのかもしれない。
それは戦後の早い時期までに街の骨格が出来ていたこと、
最大の理由は交通インフラの要である私鉄が、小林の先見性で
もっと早い1920年代までに開通していたことが大きい。

さて、街の大切な機能に学校教育がある。
学校が無い街は発展が遅れるのは、昔の人ほど分かっており
熱心に誘致したものである。
伊丹と池田は学校も出来るのは早かった。
女性の教育にも熱心で、女学校はこのあたりでは大阪は池田
兵庫は伊丹であったという。

続く



2011 03/10 07:15:29 | 都市風景 | Comment(0)
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