男たちには判らない

2010年 02月 の記事 (9件)

一昨年、昔の北摂のデートコースの話題で盛り上がったことがありました。
菊一堂やVWのドライブショップなどなど。
じゃあ神戸方面の定番スポットは、というと誰でも思い出される
ちょいと今では懐かしくも恥ずかしい流行の先端だったのが
ココ、須磨のウエザーリポートでしょう。





この写真は1985年のGWのころ。私は社会人3年生。
他の仲間は女の子をのぞいてみんな一つ下の学年です。



駐車場を見てみましょう。
僕らは黒のFFファミリアとミラージュの2台でした。
え〜とソアラに、プレリュード、AE86にシティターボ。
1台だけ場違いな30系カローラが停まっていますが
大凡、若い人のデートカーはこんなもので外車はまだ
少なかったです。

国道の方には白いベレGも見えますね。(



当時の僕らの記念写真を見ると、まだ大学生の気分のまま
ですね。僕らはほぼ全員が京都で下宿生活でしたから、
神戸は都会(シティ)でオノボリサン気分でした。
紅一点の彼女はその後、後輩の奥さんになり2女の母です。

テトラポッドの上に立つ25歳の小生。



最後のショット。キャビネに伸ばしたお気に入りの1枚。
青春グラフィティですね。



目線やぼかしは敢えて入れていません。お許しを。


2010 02/24 00:02:10 | 都市風景 | Comment(0)
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日曜日のスタバ前にて。
黄色い車2台。

僕はリトモアバルトでした。

モカのショートが380円。
パーキングの料金がナント1200円。
まあええか。2時間もしゃべったんだから。

この後、池田の家の掃除に行って駐車料金500円。
こっちは1時間半。
合計1700円はビンボーな時代には使い過ぎかもしれないけど。
若者じゃないんだから大人の分別ってところよ。

たまにはブログも更新しないと。
2010 02/22 13:58:36 | くるま全般 | Comment(0)
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エプソンの写真スキャナーを使い、昔の写真の退色を修正しながらパソコンに取り込んでみました。
33年の月日を経た写真を、個人で公開出来るなんて、当時誰が思ったことでしょう。
日時は昭和52年11月13日。天候は雨のち曇り。当時私は18歳の高校生でした。友人のバイクの後ろに乗り出発です。



福岡県行橋市の隣町の我家をでて、現在は国道500号線になっている
豊津〜犀川から伊良原を経て野峠で大分県山国町に出る峠道があります。
これまでに何度となく通ったのですが、この写真を撮影した時は二度目でした。
前年に来た時は峠の福岡県側は未舗装で、伊良原付近では路傍を行く牛や
馬に驚きました。
1枚目の写真は大分県側の山国川の上流部です。この頃はまだ木造の橋が現存していました。



大分側のこの付近では既に舗装道路でガードレールもついています。しかし道幅は大変狭かったことを記憶しています。



これは違う日に撮った写真ですが、山国町の中心は鉄道時代の終点、守実温泉でした。
当時は終点駅がそのままバスの発着に使われて何ともいえないいい雰囲気が残っていました。
また昭和30年代まで走っていた森林軌道の跡も残っており、貨物の貯木場で積み替えていた様子が偲ばれました。



守実の次の白地駅。このようにそのままの姿で民家になり人が住んでいたのに驚きました。



下郷まで山国川に沿った国道212を下ってそこから分岐する県道を豊後森(玖珠町)へ。通称「裏耶馬渓」の景勝が広がります。
耶馬渓で一番憧れた「立羽田の景」(立羽田連峰)に遭遇し絶句しました。
背景の岩山を背に麓に並ぶ民家。雨の降るなか、中国の南画のような風景が広がっていました。



耶馬渓の美しさは、言葉で言い尽くせません。18歳の私は少し人間嫌いで
月日を経たこういう風景や廃止になった鉄道跡を訪ねるのが趣味でした。
老人みたいですね。



豊後森に着いた時はオートバイの後ろの私は雨でびしょびしょになっていました。
まだ残っていたキハ07との再会に喜んだ後、機関区の裏で火を焚いて服を乾かしました。今ではできませんよね(笑い)



豊後森に停車中の大分行きの下り客レ。おそらく森発の2635列車。
DE101175牽引、暖房のスチームが雨まじりの空の下に立ち上り晩秋らしさを漂わす。7年前は8620やD60が牽いていた。

豊後森から再び耶馬渓線の方に戻る。今度は深耶馬渓を
通るルートで、中間の町、柿坂に出ます。



名勝のひとつ、烏帽子岩だったか。



深耶馬渓の代表的名勝、一目八景。
寒いのも忘れて見入っていました。



さて、耶馬渓線というと有名なカーブの鉄橋。
これが津民の鉄橋で廃線後6年を経てサイクリングロードになっていました。
2010 02/13 13:13:42 | 日記 | Comment(0)
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1月31日午後3時にお台場の会場を出て、その後はまず八王子の病院に入院中の親戚を見舞いに。
そして夜の中央道に乗り山梨の勝沼ぶどう郷ユースに一夜の宿を取りました。



少し不便な所ですが甲府盆地の夜景がきれいです。
(案内してもらった温泉から)



ユースの主人は車が大好きで新しい建物も快適でお勧めです。http://homepage2.nifty.com/t-konishi/



勝沼は小さな坂の町ですが、甲州街道の宿場の歴史的な
建物が残っていて見逃せません。



石和に向かう街道あたりの風景。



古い建物も街道沿いに残っています。



何気ない道沿いの風景にひかれます。



甲府から南に向かい一気に太平洋側をめざします。
今回通った甲府〜精進湖の道では頭上に野猿の姿を
久しぶりに見かけました。



冬の姿の富士は凛とした美しさ。(上九一色村付近)



このあたりの裾野からみる風景は格別です。
(朝霧高原付近)



まかいの牧場の駐車場で休憩。



これは富士宮市にある日蓮宗の総本山、大石寺。
なかなか壮観でした。



山越えの途中で再び身延線と合流したあたり。(十島付近)



興津付近で。路傍で100円でミカンを売っていました。



静岡市から再び山越えで、井川線の千頭駅を目指しました。



この国道362号線で途中から雨に雪が混じり始めました。
少し嫌な予感がありましたがあと10数キロ、行けるだろうと。



最後の集落を過ぎて富士城峠にかかると、ものの数分でこんな状態。
やば〜、と今庄で10数年前に経験はしたことがありますが、2速と3速のみを使い、
フットブレーキを一切使わずにリアエンジンのトルクのみ信じてゆっくり走行します。



やっと峠を降りました。ドキドキしましたが車を信頼するしかありません。
この後はなんとか本川根町に出ました。
2010 02/13 04:11:35 | 旅日記 | Comment(0)
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NYMでは国産車の方が圧倒的に多く丁寧に見ることが難しいのですが気になったものなどをピックアップします。

平凡ながら美しいマツダのファミリアプレストロータリークーペ。
ホイルキャップが見せてくれます。



三菱のスポーツクーペとして人気のあったランサーセレステ。
角2灯は80年頃の後期モデル。CMソングは「妹は二十歳〜」でした。




三菱の躍進を築いたコルトギャラン。これは16Lといって
出力アップ版。ラリー風はこの時代の三菱のイメージ。



こちらはギャランGTOのラリー仕様。キャップレスホイール
の精悍さがカッコいい。



非常に珍しいカローラLB(リフトバック)
3代目と4代目70系に存在したモデル。



見落としてしまいそうな国産のモデル、ダイハツ
コンパーノ・ベルリーナ。
トヨタの傘下に入る前のイタリアンデザインのオリジナル。



三井精機ハンビーという軽三輪トラック。
1959年製だそうです。



今でも結構気になるホンダZ 愛称水中メガネ。360ccのクルマに
これだけ詰め込んだ夢というものがあった時代。



いすゞ勢の中でいつも気になる孤高のフローリアン。
オーナーの愛車愛で賞をあげたいとよく思う。



スバルのクラブスタンドに来ていた1000スポーツセダン。
さりげなく好いクルマにお乗りですねと言ってあげたい。

2010 02/10 20:07:56 | 日記 | Comment(0)
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先にカラーで見せたデジカメで写したのとは別に撮影した
モノクロのフィルム写真です。カメラはフォクトレンダー
ベッサR、レンズはライカ・エルマー50mm 3.5、フィルムは
コダック・トライXです。Y2フィルターを掛けています。
濃淡調整はフォトショップで、イベント展示なのでナンバーは隠していません。
まず英国車から。




練馬55ナンバ−のヒーレー・スプライト。
審査委員の編集者K氏の愛車です。



今年のテーマにふさわしいローバーP5B 
3.5LのエンジンはP6と同じです。



このところ常連になりつつあるブルーのボルボ164E(1974)
オーナー氏共々たおやかに年輪を重ねられている好車です。



昨年に続き遭遇のオペルレコルト・クーペ白
この1年に随分話題になった車です。時代が追い付いた!?



もう一台のオペル、2代目マンタGT。並んで嬉しいですね。
エントリーリストを見ると本来は1900GTで出る予定のよう。
まさにオペル・エンスーなお方のようです。



SオートのブースにいたBMW700コンバーチブル。2気筒2サイクルの700ccエンジンでRRだったと思う。
今のビーエム飛躍の土台を作った恩人。日本のトヨタでいうパブリカ、ヨタ8に当る。
とてもチャーミングな車なので展示にもう一工夫すれば、もっと花があったと思う。



マイ850の後にいたアバルト・モノミッレ。埼玉から初参加。
オーナー氏とも仲良くなり、リアエンジン同士で大いに盛り上がりました。
2010 02/09 08:39:42 | くるま全般 | Comment(0)
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東名を東に向けて私のフィアットは40年前の道を駆け上がります。
車窓左手に雪の富士山。不朽の日本の美です。



天気も良くクルマも快調です。

いよいよ関東圏に入った頃、最初の記事に書いた前方を行く
旧い車が目に入りました。
「ジャガーですね」
ゆっくりと接近すると気づいたのか、車線を併せたり
追い付いたり追い越したり。
海老名のパークで最後の休憩を取ろうとウインカーを
出すと、先行くジャガーも車線を変えました。

1台挿んで車を停めて何ということもなく、ご挨拶。
「はじめまして」「関西から来ました」



シリーズ1というのは前に出た時に気づいていましたが
なんと12気筒のXJ12。ナンバーのみ写真で修正しましたが
品川33の新車登録時からのプレート。

すばらしいサイドビューを見てください。
車高を下げていないタイヤハウスに「あき」のある姿。
飽きのこないロングホイール・プロポーション



写真がモノクロになっていますが、フィルムはトライX、
レンズは旧いエルマーを使用しています。



フロントのリーピング・キャット回り。



ふくよかな、サイドからの立ち姿。

オーナー氏に伺うとやはり新車から乗ってられるとのこと。
あの時代にこの12気筒を手に入れられ苦楽を40年共に
されるとは、並大抵なことでは、と感じました。
奥様とご一緒。乗馬倶楽部からの帰り。お会い出来たことは
旧車乗りとして忘れられぬ出来事になりました。
「またいつか」
そういって1台は出て行く。それで十分なひとときの出会いでした。

もう一枚正面からのショットを。



いつの間にか風は止んでいました。


2010 02/09 06:01:11 | くるま全般 | Comment(0)
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1月31日(SUN)、6:30起床、7:00に朝食。
食事後出発。横浜のホテルを出て首都高速湾岸線に乗る。
この道は従来のイメージを超える「近未来」のよう。
車にNAVIはなく積んだ地図も載ってなくどこへ続くのか少し怖い。
とにかくデカク長いのである。「海ほたる」なんて書いてあるので千葉にいってしまいそうだ。
それでも30分も走ると「臨海副都心」と表示が出たのでお台場に着けると安心した。
8時の締め切りを10分遅刻。会場周辺が大混乱していたが「参加車両」の資格で
誘導、入れてもらった。

今年のワンテーマは英国車。


これがゼッケン1のMGーTF



ぽちさんが喜びそうな79年ウレタンバンパーのMGB



珍しいところでフェアソープ



こっちはもっとわからないダブリン



オースチンA35カントリーマンと、珍しい英国製キャンパーのJ4キャラバン。
キャラバンの方は過去に何度かエントリーした車だがナンバーが「品5」から変わっていたのが実に残念。

英国車はローバーP5もいましたがアナログ写真までお待ちを。



国産で気に入ったワンオーナーのホンダ77S



仕上がったばかりの佇まいを見せるトヨタ2000GT前期型。オレンジゴールドのメタリックというのが、あったような、ないような色ですね。



懐かしい2代目シルビアと3代目RS(FJ20搭載) このほかにラリーマシンの240RSも。国産レア車の世界は深い。




地味な外車、オールズモビル・カトラス・タウンセダン
いいですよね、こういうのが来ているって。ナンバーに注目。



シムカとモノミッレ、2台のレーシーアバルトが並ぶ。私の愛車はこの後ろ。



500ガミーネというFIAT500ベースのファニーカー。昔モンテミリアで見たことを思い出しました。


2010 02/03 11:36:39 | くるま全般 | Comment(0)
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改めまして新年おめでとうございます。
こんなご時世ですが今年の自動車趣味の始まりは
やっぱりあの会場に行くこと。
今年のマイテーマは850クーペで完走すること。
そのために今回はある程度の前準備もしました。
整備は友人お勧めのオートマイスターに依頼。片道500キロの走行に耐える
ようしっかり点検・整備をお願いいたしました。
結果からいうとこれは大正解で、ドライバー自身の心理状態も負担が少なかったです。

さて私の家を1/30(土)午前9時に出発、10時には同乗の友人宅(京都)に
着いて10時半頃に再び長い旅路に850クーペはスタートいたしました。
コースは京滋ー新名神ー東名というコースにしました。



名古屋湾岸を通過中の刈谷パークにて昼食。M3の隣に停めさせてもらいました。
その後はしごく快調で東海、静岡付近を運転を代わりながら快走。
午後3時台には関東圏に入り、いよいよ東京だなと思っていると前方に
思わぬものを発見。ジャガーXJですが、なかなかいい雰囲気です。



海老名のパーキングに入ると向こうの車も入ってきました。
品川33ナンバーのシリーズ1。ずっと同じオーナー。こういう車に
巡り会えることが旅の醍醐味なのですが、旅の最初からすごく吉兆です。

町田で横浜バイパスに入り、今晩はハマで泊まることにしました。
3軒の宿を交渉して一番条件のあったところにしました。
窓からベイスタジアム(横浜球場)が見えます。



午後6時に友人と食事に出かけました。横浜に泊まった目的は中華街で食事をすることです。
友人が前回来た時に偶然見つけたお店です。名物は水餃子でカシューナッツと鶏肉、小龍包などをいただきました。
お店の名前は写真で判りますね。



きょうはおられませんでしたが、普段は店主のじいちゃんが店の前に座って客さばきをしている。その手際も見ものだそうです。



この日はその後バーで少し飲んでおしまい。さあ明日に備えて充電しましょう。
2010 02/02 07:28:17 | くるま全般 | Comment(0)
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