男たちには判らない
平成22年10月27日、岐阜の朝から旅は始まります。
何の変哲も無い、地方の県庁所在都市の平日の朝です。



岐阜駅は、10年くらい前に新幹線式の高架駅に変貌し、相次いで
駅前を走っていた路面電車、名鉄岐阜市内線が廃止されました。



休業中のビジネスホテル。路面電車が前を走っていた頃は、活気も
あったのでしょうか。

1階が居酒屋だったみたいで、それもチェーン店でなくおそらく直営。
戦後最初はその一膳飯屋がここにあり、それが繁盛してビルを建てて
ホテルになった。そんなストーリーがありそうです。

居酒屋に通じる勝手口のところに「不要品持ち帰り下さい」と
什器のゴミ処分風フリマで、ガラクタが置いてありました。
旅中の私は、つい悪い癖で「それなら」と汚れたワイングラスを受領。

名鉄新岐阜駅のトイレで早速洗って、早開きの生鮮スーパーで
1/2サイズのワインを朝から買い込みました。



名鉄新岐阜犬山線ホームにて。
左側の低いところから、関や美濃町に行くモ600が出ていた。



朝の新岐阜駅、犬山線のラッシュ風景。



この角度から見た名鉄電車。80年代の車輛だが、強烈な日本車輌臭がする。
どこがって、言わなくてもわかる人は、かなりの鉄である。
ベンチレータとか、車体のRが否応ない日車製なのである。



名鉄電車であてどなく、とりあえず新鵜沼に行って、高山線との連絡
跡でもみようと、乗り込む。

新名古屋に行く本線と異なり、犬山線はラッシュも終わりのんびりしている。
沿線の車窓風景を見ていたら、枯れた秋の野路を歩きたくなり、
一つ手前の「鵜沼宿」という駅で降りてみる。



美濃路はすっかり秋である。
心に相変わらず憂鬱な曇りが広がっているが、仕方ない。
歩いているうちに、自分が岐阜の旅で生涯を費えた、松尾芭蕉の
ような気分になる。
でもそれも面白いと思いながら、野ざらしの旅を往く。



高山線鵜沼の構内から遠く名鉄新鵜沼をみる。
この区間に戦前から長く連絡線があり、戦後は名鉄のDC特急
「北アルプス」が走っていた区間である。
秋草に兵どもの夢の跡をみる。




ジスイズ「大衆食堂」というような、見事な大衆食堂を
鵜沼の駅前で見つけた。
外観も入り口もこぎれいだ。今でも流行っているのだろうか。

高山線の鵜沼駅は、たしかに観光ルートの乗り換え駅であるが、
この辺りの観光ブームは昭和40年代がピークで、その頃のもの
と思うが、初冬の午前の光線の中、ひときわ明るい気分を感じた。



高山線鵜沼の長く、広々としたホームと駅構内風景。
架線の無い本線駅の、ゆったりとした風景って、ホントに
素晴らしい。
ましてかつての急行停車駅なら風格もある。



現在の主役、特急「ひだ」のキハ85が高山に向かって
駆け抜けて行った。





2010 11/09 01:28:30 | 旅日記 | Comment(0)
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