男たちには判らない


私がいつも泊まるのは、中津川の駅の回りにある市街から離れた、
苗木と言う村にある民宿である。
鄙びた温泉であるが、この宿はとりわけ奥の方に入ったところにあり、
北から越えて来た道を降りて行くと南に面した日当りの良い土地に、
共同墓地がある。墓と言っても凄まじいものでなく実に穏やかな墓所
なので、その隣といっても気にならない。そして何より嬉しいのは、
この宿の前庭や二階の部屋から恵那山の遠望が見渡せるのである。







私の世代前後であれば、遥か昔に葛城ユキがポプコンで賞を取った
「木曽は山の中」という歌を覚えている人も多いであろう。
雪解け時期の遠く望む恵那山の風景が、春を知らせることが
「やけにうれしくて」の恵那山である。
この山の表情は優しく美しい。
今回苗木の歴史を、資料館と後述する古城跡に行き、知ったのだが、
このあたりの藩主は遠山を名乗っていた。遠山とは、関ヶ原を越えて、
今の岐阜県である美濃に入った辺りから見えていた、恵那山のことで
あるらしい。
資料館の館長先生は「ここからでは近い山ですが、遠くからもその姿が
見えていたからでしょう」と説明する。









今回の旅は電撃旅行で、私に取っては珍しいことでもない。
この宿は、コンビニで見つけた500円の「全国安い宿情報」という簡便な
本で見つけた。いつも行きたい所付近で、短い紹介のなかで、何となく
適当に古くて良さげな宿に目星をつけて電話するのである。
ここは何回目の訪問になるのであろうか。
いつも空いていて、宿の回りが建て込んで無く、山の中を散歩している
ような気分になる。隣といっても50mほど離れた墓地の周囲などに植え
られた花が、宿のアプローチ(導入路)含めてずっと、玄関前までに
続いている。これまでに来たのは春が多かったが、秋も良い。







それから温泉なのか、風呂は24時間入れる。
何度もここにきているが、これはありがたい。循環式は一時期衛生面で
騒がれたことがあるが、それより今回は風呂場の老朽化が最初気になった。
木曽檜の故郷ゆえ、風呂の大きな浴槽が、木造なのである。
そして風呂の蓋というのが、建築用の廃材の長い板を何枚も、ずらりと
横に並べてあり、入浴するときは、この板をめくってパタパタンと除けて
いかなくてはならない。
独りで入浴するなら、全体の15%くらい、6枚もめくれば入れる。











ここに来るようになり、7年が経った。部屋は民宿レベル。蒲団は
せんべい布団。風呂は古くて暗いが何が良いのであろう。
やっぱり風呂に何度も何時間も入れるから、地元の農民が農閑期に
一年の労働で疲れた体を癒しにくる、湯治の宿ではないのか。

私も今回は前日の深酒と、精神的逃避、それと背骨のエンド、お尻周辺の
痛みが抜けないのに苦しんでいた。
宿に着いて直ぐにひと風呂浴び、食事の用意ができなかったので、
食べに行こうかと思ったが、3時頃に高速のパーキングで食べた
お腹が重く、一食抜くことにした。いや朝も抜いたのでこの日はまさに
プチ断食になった。
それからまた夜遅く風呂に行った。

どうやら連休の土曜日というのに泊まり客は他に無く、風呂は遠慮なく
入れる。最初「汚いな」と思っていた木造の浴槽も、苔でなく菌類の生えかけた
風呂の蓋も「自然のものだから、生物が生えたりするのか」と考えを改めた。

これは防腐剤や化学薬品が人体に与える影響と、自然に腐って行く
食べ物を比較して「(これくらいなら)食べても死にゃあせん」という
姉の思考に最近は影響を受けているようだ。
一応姉は国立大学で生物学を学んだレベルなのである。

体の痛みを直すには、いつもよりじっくり風呂に浸かり、芯まで温める。
のぼせて来たら、出て休めるのだが、腰掛けも木製で黒ずんでおり
あまり座る気になれない。風呂桶も木製で同様だ。
そうか他の客もいないし、蓋の閉めてある風呂の縁に座っても大丈夫
だろう。それより思い切ってこの檜の廃材を並べた蓋の強度を考えれば
たぶん、と思いごろりと大の字になってみた。
いや愉快。
キノコの生えかかっている板なので、キタナいのだけど、風呂に入ったり
出たりを繰り返している間は、ちゃんと掛かり湯をしていますし。

7年前にイスタンブールでハマム(岩盤浴)で寝転がった時は
タオルがはらりとなって、監視のおっさんに大いに怒られたことがあった。
イスラムではポロリは大罪なのである。
いやいや他に入ってくる客もいないことを確認してるといえ、これは
いい気分。
大の字になって暗い浴室で瞑想していると、段々疲れや妄想が抜けて来た。









山の中なので夜更けは少し冷えるが、まだ9月だ。
換気扇のカラカラいう音を停めて、浴室の窓を開けてみた。
静寂(しじま)に冴え渡る虫の声。
秋だなあ。
センチメンタルにはならないが、人間は何のため苦しんだり
悩んだりしながらも生きるのであろう。

浴衣を着て部屋に戻り、電気を消して窓の外を見上げる。
満天に広がる星の海と、虫たちのシンフォニー。
まだ普段は飲んだりしている10時過ぎだが、今夜はこの夜を
楽しめたので、そろそろ蒲団に潜り込むとしよう。
2011 09/28 14:05:32 | 旅日記 | Comment(0)
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