ゼロ系の思い出
大阪-東京をひかりで日帰り出張を行うには、往復7時間の車中、揺れる車両、パンタグラフの閃光、トンネルでは窓壁が押されて座席との間の手を挟みつけ、雪、風、雨による遅れを覚悟するものでした。
食堂車に座って、席が空くのを待った覚えがあります。又、発車前に網棚に荷物だけを積み入場券で引き取りに来る運送会社も現れたり、新婚さんを送る姿が見られ、クラカーが架線にひかかり、クラッカー禁止になったりしました。
車両の密閉性も悪く、トンネルでは耳が痛くなり、これを防ぐためトンネルに入る前に換気口が蓋されるため、山陽新幹線では気分が悪くなった覚えがあります。今では、加圧送風がなされ、蓋は廃止されています。
技術の原点になったゼロ系です。
鳥よけの線を上部に付けるホルダーと思われますが、肝心の線が張られていません。不思議な電線。